text by Yukari EBATA
栃木ワインの起源は、140年前の明治時代にまで遡る。栃木県では果樹栽培に適した土地柄からブドウ栽培も盛んに行われ、ワイン造りの歴史も非常に長い。20世紀の終わりまでは県内に2軒しかワイナリーがなかったが、2000年以降、新たなワイナリーが次々と誕生し、現在では8ワイナリーのうち7軒が栃木県産ブドウによるワイン造りを行い、さらに3者が委託醸造の形でワインを造りながらワイナリー設立準備を進めている。
リレー講座「シリーズ栃木ワイン新時代」スタート
伝統と革新が交差し、新たなうねりが生まれようとしている栃木ワイン。
こうした盛り上がりを背景に、今春からアカデミー・デュ・ヴァン青山校では栃木ワインにフォーカスしたリレー講座「シリーズ栃木ワイン新時代」がスタートする。
県南・県央・県北、それぞれの地域の個性と、テロワールを映し出すワインの魅力に迫る内容だ。
お申込みはこちら:https://www.adv.gr.jp/curricula/detail/16220
本記事では、リレー講座に先駆けて、栃木ワインを育む三つのエリアそれぞれの特徴と、注目のワイナリーたちをご紹介する。
エリア別に見る、栃木ワインの魅力
栃木県のヴィンヤードマップ
関東地方北部に位置する栃木県は、群馬県・茨城県と同じく「北関東」と呼ばれるエリアに属している。県北には日光連山や那須高原の自然が広がり、県央・県南は関東平野の一角をなし、都市と田園が共存する風景が広がる。
そんな栃木の地で今、ワイン造りが静かに進化を遂げている。
豊かな自然、多様な土壌、そして造り手たちの情熱。県南、県央、県北、それぞれのエリアが持つ異なる個性が、この土地ならではのワインを形づくっている。
これら3地域でのワイン造りの歴史をたどってみる。
冷涼な気候と豊かな自然に恵まれ、伝統と革新が息づく栃木県北エリア
「NASU WINE」
「ワイン特区」も有する那須塩原市や那須町を中心とする県北エリアは、栃木県の中でも標高が高く、冷涼な気候を活かしたワイン造りが続けられてきた地域である。
この地域の4月から9月の平均気温は約18.6℃、年間降水量は約1,550mm、年間日照時間は約1,820時間と、栽培に適した環境を備えている。土壌は主に火山灰由来の黒ボク土(火山灰が長い年月をかけて風化し、有機物を多く含む黒色の肥沃な土壌)で、水はけの良さも特徴だ。
この地で長年ワイン造りに取り組んできたのが「NASU WINE 渡邊葡萄園醸造」である。
明治17年創業、140年の歴史をもつ国内でも有数の長い歴史を持つワイナリーだ。現四代目当主の渡邊嘉也氏はボルドーの「ピション・ラランド、ヴァランドロー」など銘醸シャトーで醸造を担当し、帰国後はボルドーの伝統的な栽培・醸造技術を取り入れ、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フランといったボルドー系品種を手掛けている。その品質の高さから、乃木神社への奉納酒にも選ばれている。
一方、那須塩原市で2017年に栽培を開始した「Y’sVineyards」は、シャルドネ、プティ・マンサン、ツヴァイゲルトレーベを中心に、この地に根付いたブドウを育てる挑戦を続けている。海外や国内各地で経験を積んだ醸造家が、丁寧な畑仕事と醸造を重ね、土地に寄り添ったワイン造りを目指している。
那須塩原市板室地区の自然豊かな環境を活かしてブドウ造りを行う石井ぶどうは、埼玉県から移住してきた石井夫妻が営むぶどう園である。「板室のにぎわい復活の手助けもしたい」という想いから、この地を選び、夫婦二人三脚でこだわりのブドウ造りを行っている。現在はY’s Vineyardsなどにブドウを持ち込みワインを造る。
高原野菜やブルーベリー、乳製品など、豊かな農産物にも恵まれた県北エリア。海外経験を持つ造り手たちと、冷涼なテロワール。本格的なワイン造りに取り組む県北エリアの繊細で美しい栃木ワインの魅力は、これからさらに広がっていくだろう。
温暖な気候と肥沃な土壌に育まれ、多様な個性が芽吹く栃木県央エリア
「Kusaka Vineyards」
宇都宮市や市貝町を中心とする県央エリアは、関東平野北端に位置し、温暖な気候と肥沃な土壌に恵まれた地域である。
4月から9月の平均気温は約20.5℃、年間降水量は約1,520mm、年間日照量は約1,900時間。火山灰を含む黒ボク土が広がり、農作物の栽培にも適した土地が広がっている。
このエリアでは、メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネ、甲州、マスカット・ベーリーAといった品種が栽培されている。温暖な気候を活かし、国際品種と日本固有品種がバランスよく育まれている。
宇都宮市に拠点を構える「Hinoe Winery」は“宇都宮にも地元産ワインを”という想いから農業に新規参入し、原木椎茸栽培を経て醸造用ブドウ栽培をスタート。長い試行錯誤を経て、2023年に自社ワイナリーを完成させた。豊かな水脈と肥沃な土壌に支えられ、土地の恵みを生かしたワイン造りに取り組んでいる。
市貝町で活動する「KusakaVineyards」の日下篤氏は、山梨県の農業生産法人「i-vines」にて業界では有名な栽培家・池川氏の下でブドウ栽培を学び「シャトー酒折」にて醸造経験を積んだ。現在は栃木県に戻り本格的な醸造用ブドウ栽培を手がける。2017年には委託醸造の形で初のワインをリリースし、地域に根ざした活動を続けている。
県央エリアは、温暖な気候と県都から近い地の利を活かしながら、それぞれの造り手が独自の個性を追求する、これからの発展が楽しみな土地である。
温暖な風土と地元への想いが紡ぐ、多彩な挑戦が息づく栃木県南エリア
ココ・ファーム・ワイナリー
足利市や栃木市を中心とする県南エリアは、栃木ワインのみならず、日本ワインの歴史を語る上で欠かすことのできない、重要な場所である。
この地域の4月から9月の平均気温は約20.8℃と温暖で、年間降水量は約1300mmと比較的少なめ。年間日照量も約2100時間と豊富で、ブドウ栽培には理想的な環境が整っている。関東ローム層を主体とする土壌に、斜面地では礫が混じり、水はけにも優れている。
県南エリアを代表する足利市の「ココ・ファーム・ワイナリー」は、1950年代から続く歴史を持ち、知的障害者支援施設「こころみ学園」と連携しながら、障害のある人々とともにブドウ栽培・ワイン造りに取り組んでいる。マスカット・ベーリーAやリースリング・リオンといった日本固有品種に加え、プティ・マンサン、ノートン、タナ、ヴィニョール、アルバリーニョといった、気候変動を見据えた世界的な品種も積極的に取り入れている。
同じく足利市、1950年創業の清涼飲料メーカー「マルキョー」の敷地内に、2012年に生まれたのが「Cfa Backyard Winery」だ。日本中のワイナリー設立に醸造コンサルとして携わった経験豊富な増子父娘が、小規模ながらも確かな技術と想いでワイン造りに取り組んでいる。温暖湿潤気候(Cfa)を象徴するこの土地で、飲料メーカーの裏庭(Backyard)のような小さな醸造所から新しいワイン文化をはぐくむ姿勢が、県南に新たな個性をもたらしている。
2024年には、ブルゴーニュでの7年間の醸造経験を積んだ岩﨑元気氏が栃木市の「大平町ぶどう団地」に帰郷。現在は地元・栃木市のブドウを「Cfa Backyard Winery」に持ち込みワイン造りを行いながら、栃木市初のワイナリー設立を目指す。
伝統の上に積み重なるように、新たな革新が芽吹きつづける県南エリア。その重層的な歴史と挑戦が栃木ワインの未来を力強く照らしている。
生産者とともに学ぶ「栃木ワイン新時代」リレー講座スタート
豊かな自然と多様なテロワールに恵まれた栃木県。いま静かに進化を遂げるこの地のワインを、現地の造り手たちとともにたどる特別なリレー講座が、アカデミー・デュ・ヴァン 青山校で始まる。
今回のリレー講座は、自らワインも造る岩﨑元気氏が企画・ナビゲーターを務める。
岩﨑氏は、実家がブドウ農家という環境で育ち、ブルゴーニュでの醸造経験を経て、故郷・栃木に戻ってワイン造りに取り組んでいる。強く抱いていた栃木への想いを胸に、岩﨑氏はこう話す。
「栃木県には明治から続くワイン造りの歴史があり、土地ごとに多様な個性が息づいている。これまで、県内のワイナリーはそれぞれが個別に活動していたが、今年1月に開催した新年会をきっかけに、若手を中心とする生産者たちの新たなつながりが生まれている。栃木県内の生産者が行政や研究機関とも協働しながら、『栃木ワイン』を地域ブランドとして確立し、発信力を高めていこうという動きが広がりつつある」
この講座には、そんな栃木ワインの新たな挑戦と、未来への希望を共有したいという岩﨑氏の熱い想いが込められている。
ブルゴーニュ修行時代の岩﨑元気氏
アカデミー・デュ・ヴァンでの講座は約2か月に1度のペースで開講され、第一弾(5月14日)では、県南エリアからCfaBackyard Wineryと岩﨑元気氏がこのシリーズの口火を切る。第二弾(7月中旬予定)では、県南を代表する老舗、ココ・ファーム・ワイナリーが登場する予定だ。
その後、県央エリア(HinoeWinery、KusakaVineyards)、県北エリア(NASU WINE 渡邊葡萄園醸造、Y’sVineyards、Itamurogne)と続き、来春ごろの最終回では、栃木県全体の気候・地質・土壌から各地のワインをひも解き、総まとめを行う構成となっている。
また本リレー講座では、各回4〜6種類のテイスティングも実施。5月14日の第一弾では岩﨑元気氏の初リリースとなるワインがどこよりも早く試飲でき、購入もできる。いち早く味わい、手に取れる機会としても見逃せない。
講座のお申し込みはアカデミー・デュ・ヴァン青山校まで。
https://www.adv.gr.jp/curricula/detail/16220