フランスワインの中心地ボルドーのワイン産業は今、大きな転換期を迎えている。そんな中、既成概念にとらわれず新たな価値を創造する異端の造り手がいる。4月中旬のボルドー・プリムール試飲会の際、異彩を放つ醸造家グザヴィエ・コペル氏の興味深い試飲会に参加した。
テロワール至上主義のワイン造り
コペル氏は、ボルドー、カオール、スペインの複数の銘醸地にまたがり、厳選された区画から「オートクチュール」と評される極少量生産のワインを生み出すコンサルタント兼醸造家だ。
彼のワイン造りの根幹には、ブルゴーニュのクリマ(特定の畑)的な考え方に通じるテロワールへの深い敬意がある。ワインの個性と品質を決定づける最も重要な要素は、特定の土地が持つ土壌、微気候、地形、そしてブドウ品種の組み合わせ、すなわちテロワールであると確信している。
ミクロ・ネゴシアン・エルヴールという手法
コペル氏の最大の強みは、自社の畑を持たず、ボルドー、カオール、スペインの厳選されたブドウ畑から最高のブドウを調達してワインを造り上げるワイン造りにおける自由だ。自身を「ミクロ・ネゴシアン・エルヴール」と表現するコペル氏の方法は、ヴィンテージの品質が自身の基準に満たないと考えた場合、その年のワインを造らない。生産量に縛られることなく最高の品質だけを追求する姿勢は、毎年大規模生産を行うボルドーのシャトーとは対照的だ。そして、卓越した立地条件を持つ単一の栽培家と長期的なパートナーシップを結び、毎年同じ厳選された区画で働くことを重視し、技術的・財政的支援と自身の経験、才能を注ぎ込むことで、可能な限り最高のワインを生み出すことを目指している。
コペル氏は、1995年のブルゴーニュへの旅で触発され「パーカッション・オブ・フルーツ(果実が奏でる音楽)」のアプローチを目指していると説明する
パーカー・スタイルとは対極のワイン造り
コペル氏は、ソムリエやジャーナリスト、ワイン商の間で広まったロバート・パーカー氏の評価基準とは一線を画すワイン造りを行っている。パーカー氏が好んだ濃厚で凝縮感のある“ジャムのようなワイン”とは異なり、コペル氏が追求するのはフレッシュでエレガント、そして味わい深いワインだ。あまりに濃厚でグラス1杯飲むと満足してしまうようなワインは、ビジネスの観点からも好ましくないという。
伝統回帰の醸造法
醸造方法は“驚くほど平凡”と自ら語るように、完璧な歴史的伝統回帰を目指している。高密度に植樹した管理の行き届いた畑から、過熟ではない完熟したブドウを収穫する。醸造はコンクリート製発酵タンクを主に使用し、おだやかなピジャージュやルモンタージュを行い、タンニンの過剰な抽出を避ける。
熟成に新樽を使用する場合でも、浅い炙り具合のブルゴーニュ樽を用いる。これにより樽がワインの個性を覆い隠すことなく、テロワールとヴィンテージの特徴が純粋に表現される。SO2の使用も極力抑え、ワインが持つ本来の活力を最大限に引き出すことを目指している。今後はワインにさらなる軽やかさと繊細さをもたらすため、450リットルの大樽の使用を拡大していく予定だ。
生産量は極めて限定されており、各キュヴェは2000本に満たないことが多い。
コペル氏の経歴
1968年にカオールに生まれたコペル氏は、ワインとは無縁の家庭環境だったが、トゥールーズ大学で醸造学を学び、その情熱に火が付いた。91年に卒業後、カオールやボルドーの名門ドメーヌ・ド・シュヴァリエでの経験を経て、92年、23歳という若さでボルドーに自身のネゴス兼コンサルティング会社「コペル・ワイン」を設立した。以来、ボルドー、南西フランス、スペインの偉大なテロワールを探求し、最高の栽培家たちと特権的な関係を築き上げてきた。
インタビューで特に印象的だったのは、コペル氏が自身のワイン造りを“私の人生そのもの”と語ったことだ。
「カオールで生まれ、ボルドーに移り住んで働くようになった。そして、スペインとの絆が強く、ほとんどスペイン人のようだと思うこともある」と語った。
ワインのラインナップ
コペル氏のワインは、生まれ故郷のカオール、ワイン造りの拠点のボルドー、そしてクリストファー氏との出会いからワイン造りを始めたスペインという、3つのルーツがある。
ボルドー・白・辛口:コペル氏が“真の辛口ソーテルヌ”と呼ぶ非常にユニークな白ワイン。ソーテルヌとバルサックの中間に位置するプレニャック村の1956年植樹の古木。セミヨン(75%)とソーヴィニヨン・ブラン(25%)のブレンド。貴腐が15%程度ついたブドウを収穫し、通常の辛口ワインと同様に醸造し、新樽で12カ月熟成。
サンテミリオン・グラン・クリュ:シュヴァル・ブランに隣接するフィジャック台地の葡萄樹。青粘土質砂利質土壌。樹齢約30年のメルロー主体のブレンド。赤い果実の華木
ポムロール:ガザン、ペトリュス、エヴァンジル近接の青粘土質砂利質土壌。樹齢平均40年のメルロー100%。新鮮さと古木の素晴らしい濃縮感。
ポイヤック:バージュ村台地の深く痩せた砂利質土壌のカベルネ・ソーヴィニヨン主体のブレンド。樹齢40年の古木から得られる凝縮感と気品が見事。
サンテステフ:ガロンヌ礫層と粘土石灰質土壌が生み出す複雑な味わいに、サンテステフ特有の剛健さが共存。熟成ポテンシャルを秘めつつも、若いうちから楽しめる柔らかさも兼ね備える点が秀逸。
ペサック・レオニャン:ドメーヌ・ド・シュヴァリエ隣接区画。黒い砂が混じる砂利質土壌。発酵はコンクリート槽、熟成は100%新樽のブルゴーニュ樽。
ソーテルヌ:「クレーム・ド・テット」と称される極上の甘口ワイン。シャトー・イケムの台帳に登録された1896年植樹の古木のセミヨン100%。残糖度180g/L。2019年産は47カ月新樽熟成。残念ながらこの古木は2023年に引き抜かれた。
カオール:ロット渓谷の古代の砂利質および石灰粘土質土壌。樹齢平均40年のマルベック100%。ビオディナミ栽培。コペル氏にとって最も重要な場所であり、「もし一つだけキュヴェを残すとしたら、それはカオールだ」と語るほど強い思い入れがあるキュヴェ。SO2無添加。古典的なカオールとは一線を画す、しなやかで花のように華やかなスタイル。
ピレネー山脈のグルナッシュ「グルナッシュ・ド・モンターニュ」:ピレネー山脈の標高の高い場所で育つグルナッシュ100%。価格は手頃ながら、非常に質が高い。
リベラ・デル・ドゥエロ:1940年植樹の古木のテンプラニーリョが主体。ベストセラーのキュヴェで、25%のグラシアーノがワインに野性的なニュアンス、そしてスミレ、コショウのニュアンスを与えている。
コニャック(グランド・シャンパーニュ):1973年のグランド・シャンパーニュ地区の原酒を使用。華やかで繊細な香りと深い余韻。
バス・アルマニャック:フランス南西地方、ガスコーニュの銘酒、バス・アルマニャックの10年熟成版。スミレやプルーン、トースト香の複雑なアロマ。柔らかくも厚みのある口当たりと、ゆったりとした時間の流れを想起させる長い余韻が魅力。
グローバルな市場戦略と日本市場への期待
コペル氏は自身のワインを“ニッチなワイン”や“ユニークなワイン”と位置づけ、ベルギー、ルクセンブルク、スイス、日本、韓国といった成熟した市場、そして高いワイン文化を持つ市場をターゲットにしている。
特に日本市場に対しては、過去に「神の雫」で紹介された実績もあり、大きな期待を寄せている。しかし日本での流通においては、初期のコンタクトから決定までに時間がかかり、依然として具体的な進展が見られない現状にもどかしさを吐露していた。コペル氏は「流通業者に自身のワインの独占販売権を与え、十分な利益を保証することで市場での価値を保ちたい」と語っていた。
高い評価を受けるワイン
グザヴィエ・コペル氏のワインは、フランスのワインガイド「ベタンヌ&ドゥソーヴ(Bettane & Desseauve)」に初ヴィンテージから掲載され、その品質の高さが認められている。また、世界最優秀ソムリエのアンドレアス・ラーション氏をはじめとする著名なワイン評論家たちも高く評価しており、特に近年のヴィンテージでは90点台後半を獲得するキュヴェも少なくない。とにかく、既成のアペラシオンのイメージとははるかに異なるワインだ。試飲すると誰もが驚くだろう。