来年はアメリカ建国250周年である。建国200周年を記念して開催された1976年の『パリスの審判』を振り返ると、リッジ・ヴィンヤーズの『モンテベロ1971年』は赤ワイン部門で5位の成績を収め、その30年後に行われた再戦で、1位の座に輝いた。オルニー氏の来日記念セミナーでは、リッジの1990年代のバックヴィンテージが3アイテム供出されたが、偉大なワインには熟成能力があることを見事に実証していた。
初来日したリッジ・ヴィンヤーズのヘッド・ワインメーカー兼COOのジョン・オルニー氏。叔父はフード&ワインライターで、『ロマネ・コンティ:神話になったワインの物語』の著者として知られている故リチャード・オルニー氏である。プロヴァンスを拠点に活躍していた叔父の影響もあり、常にワインを身近に感じていたオルニー氏は、欧州の著名な生産者ドメーヌ・タンピエやマルセル・ラピエール、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ等でワイン造りに関わった。米国に戻った後、地元のワイン関係者の推薦を受け、リッジに入社。欧州におけるさまざまな経験を生かした“自然なワイン造り”を実践している。
前・工業的ワイン造り
セミナー冒頭、オルニー氏は、ワイナリーの歴史と沿革について解説した。
1959年、スタンフォード大学付属研究所の4名の科学者がサンタ・クルーズ山脈中にあるモンテベロの山に小規模の土地を購入する。売主から、「畑のブドウ樹(カベルネ・ソーヴィニヨン)の世話をすること」という条件が出ていたので、彼らは、平日は研究所で働き、週末になると、畑の手入れをしていた。折しも、仕込んだ半樽のワインを利き酒して、その複雑性と酒質に驚愕。何も手を加えていないのに、できたワインが極めて上質だったことから、モンテベロが類い稀な場所であることを確信し、1962年に商業ベースのワイナリーとしてリッジ・ヴィンヤーズを設立し、リッジの歴史がスタートした。
1960年代のカリフォルニアでは、ネゴシアンスタイルのワイン造りが主流だった。ゆえに、さまざまなエリアのブドウからワインを生産することが多かったが、リッジでは最初から単一畑にこだわったワイン造りをしていた。
1969年、醸造責任者としてポール・ドレーパー氏が参画した。この後、40年間にわたって、リッジをけん引することになる伝説的なワインメーカーだ。スタンフォード大学で哲学を履修後、渡欧し、現地で生活していた間に、フランスの銘醸ワインの数々を試飲しながら、独自にワイン醸造をマスターし、研鑽を積む。当時のカリフォルニアの大学では、ワイン醸造(=現代的な醸造技術によるアプローチ)が盛んだったが、ドレーパー氏は、伝統的なワイン造りの手法を取り入れ、自身のワイン造りの流儀を「前・工業的ワイン造り」と称した。土地の個性を尊重した“単一畑のワイン”、天然酵母を使ったアルコール発酵やマロラクティック発酵、亜硫酸の最小限の使用で、これらは19世紀から禁酒法時代までは一般的だった技法であり、古木やアメリカンオークの重用もその流儀に入る。
再生農業への取り組み
土壌を重視するリッジにとって、サステナブルな実践はごく自然な成り行きだった。自社畑はすべて有機栽培の認証を得ている。モンテベロに次いで、2つ目のワイナリーとして立ち上げたソノマ郡のリットン・スプリングスは外装にリサイクル資材の稲わらを活用し、外気を利用した夜間の冷却、太陽光発電によるワイナリー内の消費電力の賄い、ボトルの軽量化による温室効果ガス削減等で効果をあげている。栽培に関しては、近年、土壌と生態系の健全化を促進させるための環境再生型農業(Regenerative Organic Agriculture)を実践している。堆肥とカバークロップによる肥料、不耕起(または最小限の耕起)による土壌管理、生物多様性等で、AIの目がついた電力駆動のモナーク・トラクターも導入した。
マグナムサイズで供された6アイテム
リッジのワインスタイルは、カベルネ・ソーヴィニヨン主体のブレンドとジンファンデル主体のブレンドの二本柱で、カベルネブレンドはモンテベロ、ジンファンデルブレンドはガイザーヴィルとリットン・スプリングスである。
フラッグシップのモンテベロはサンフランシスコの南、サンタ・クルーズ山脈の中にあり、太平洋から32キロメートル、標高400~800メートルの急斜面の高地にある。冷涼なエリアで、カリフォルニアでは珍しい石灰岩土壌である。畑には55の区画があり、栽培や醸造はすべて個々に行う。翌年、ブレンドのための利き酒をして、深みや厚みのあるワインをモンテベロ用に選別するが、「醸造する上での課題は十分過ぎるタンニンをどのように扱うかという点にある」とオルニー氏。
ソノマ郡にあるガイザーヴィルとリットン・スプリングスには100年を超えるジンファンデルの古樹があり、補助的品種も同じ畑に植樹されている。2.5キロメートルほどしか離れていないエリアながら、両者には大きな違いがある。ガイザーヴィルの初ヴィンテージは1966年。ジンファンデル以外ではカリニャンが多く、砂利や砂質の軽い土壌。カリニャンは暑さに強く、やや低い糖度で熟すのでワインに酸味を与えてくれる。一方、リットン・スプリングスの初ヴィンテージは1972年で、ジンファンデル以外ではプティト・シラーが多く、粘土質でやや重い土壌。プティト・シラーは色調が濃く、タンニンも多いのでマスキュランなイメージと言える。
左から順に#1~#6
#1:ガイザーヴィル2021
品種:ジンファンデル76%、カリニャン16%、プティト・シラー6%、アリカンテ・ブーシェ1%
ガイザーヴィルの自社畑産(有機栽培)
ラズベリー、ベーキングスパイス、ロースト香
、アルコール(14.8%)由来の甘さ、バランス好印象
#2:ガイザーヴィル1999
品種:ジンファンデル68%、カリニャン16%、プティト・シラー16%
ガーザーヴィルの自社管理畑産
甘草、シナモン、腐葉土、アーシーさ、インパクトある酸味、複雑味、ボディ感
#3:リットン・スプリングス2021
品種:ジンファンデル72%、プティト・シラー15%、カリニャン9%、アリカンテ・ブーシェ2%、サンソー1%
リットン・スプリングスの自社畑産
プラム、黒鉛、ダークチョコレート、アプリコット的な酸味、ストラクチャー、存在感あるタンニン
#4:リットン・スプリングス1999
品種:ジンファンデル70%、プティト・シラー17%、カリニャン10%、マタロ(ムールヴェドル)3%
リットン・スプリングスの自社畑産
プラム、スパイス、シガー、ハーブ、酸味とタンニンの広がり、10年以上の瓶熟に期待
#5:モンテベロ2021
品種:カベルネ・ソーヴィニヨン64%、メルロ31%、プティ・ヴェルド5%
モンテベロの自社畑産
ワイン評論家のみならず、富裕層を対象にしたロブ・レポートでもカリフォルニアワインとして高評価を得た2021年ヴィンテージはリッジのさらなる高みを示したワイン。赤系果実、シダー、強健なタンニン、スマートな酸味、ミネラル、バランス良好
#6:モンテベロ1997
品種:カベルネ・ソーヴィニヨン85%、メルロ8%、プティ・ヴェルド4%、カベルネ・フラン3%
モンテベロの自社畑産
1990年代で最も酷暑だったヴィンテージにも関わらず、アルコール度数は12.9%。冷涼エリアならではの格調あるスタイル。マグナムによる熟成状態も良好、凝縮した果実風味、旨味、複雑味、中盤以降上質な酸味、石灰質由来のエレガントなワイン
セミナー終盤、オルニー氏は「2021年や1997年は典型的なモンテベロのスタイルであり、若いうちはタイトだが、10年くらいの瓶熟で開き始め、タンニンはまろやかになる」と語っていたが、並みの熟成ではなく、こだわりの長熟タイプを好むワインラバーには見逃せないヴィンテージのはずだ。
text & photographs by Fumiko AOKI
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