新世界の産地にはヴィンテージはないなんて、誰が言ったのだろう。そんなことが頭に浮かんだ、ニュージーランド「クラギー・レンジ」のトップキュヴェの垂直テイスティング。ビジネスマネジャーのマーク・カンリフ氏がガイド役だ。透明感のある美しい質感を持ったワインが、ヴィンテージによってさらに表情を変える。その仕組みに肉薄したひとときだった。

text & photographs by Yutaka ODA

ブルゴーニュやシャンパーニュと比べれば、新世界の温暖な産地ではブドウの熟度が問題になるような年は少ない。だが「クラギー・レンジ」の本拠地、ここニュージーランド北島の南端、マーティンボロー。セントラル・オタゴと並び称されるピノ・ノワールの銘醸地では、明らかに様相を異にする。

クラギー・レンジのワインは海外の有名ワイン雑誌からも常に高い評価を受けている。2020年のヴィンテージから「ラ・プラス・ド・ボルドー」を介した世界市場での流通ルートにも乗った

クラギー・レンジは、1998年にテリー&メアリー・ピーボディ夫妻が設立した家族経営のワイナリー。昨今、ワイナリーの知名度が高まり資産価値が上がると、高値で売却してしまうケースが目立つ。しかし、この夫婦は覚悟が違う。将来1000年にわたってワイナリーを持続させたいという理念を持つ。

人好きする笑顔のビジネスマネジャーのマーク・カンリフ氏。娘さんには頭が上がらない子煩悩なお父さん。海外を飛び回り、クラギ―・レンジをプロモートしている

創業の地マーティンボローは、南の海から流れ込む冷たい空気と、海に囲まれた海洋性の気候の影響を受ける。さらに、南緯40度前後を吹く偏西風(Roaring Forties)が、ニュージーランド北島と南島の間のクック海峡で冷たく強い風の勢いを増す。

そこに、2023年はサイクロンまでやってきた。総じて、ニュージーランドは気候変動の影響は限定的といわれるが、この時ばかりは記録的な降雨。それが2月の南半球の収穫期に重なった。ピノ・ノワールのクローンでよく知られる、通称ガンブーツクローンとも呼ばれるエーベルクローンは、晩熟のため壊滅的被害を受けた。そのため、サイクロンの被害を受ける前に収穫できたディジョンクローンが、2023年ヴィンテージの主役。エレガントな赤系果実を感じる仕上がりとなった。

ピノ・ノワールのトップキュヴェは「アロハ」。マオリ語で「愛」という、このキュヴェの名前そのままの柔らかな口当たり。2020年や21年の黒系果実中心のパワフルな凝縮感を誇ったヴィンテージとは全くスタイルが違う

暖かだった2020、21年には梗の木化も進み、全房発酵比率が高かったが、23年は全除梗。全房発酵はハーバルな香りとタンニンも補強するから、暖かい年には力強さとフレッシュ感を与える。一方、全除梗の23年には純粋で可憐な印象を自然に残した。まさに、ヴィンテージの写し鏡だ。

ニュージーランドのヴィンテージは、透明感のある果実味はそのままに、その年の気候、自然の恵みをワインに映し出す。

クラギー・レンジのトップキュヴェのピノ・ノワールは、純粋な果実味をそのままに、ブドウの力に寄り添い、長期熟成を可能にするワイン造り。あえてスクリューキャップを使い、コルク品質の個体差を排除し、酸素透過度を抑える。丁寧な醸造を通した穏やかなタンニンの抽出も、還元的な熟成との相性がとても良い。

今飲んでも無論美味しい。だが、次はちょっと我慢して、10年、15年とワインセラーで静かに時を重ねた一昔前のヴィンテージを満を持して楽しみたい。