2025年、ボルドー右岸は「少収穫の当たり年」を迎えた

ボルドー2025年産プリムールは、近年まれにみる高揚感とともに幕を開けた。猛暑と長期の乾燥に見舞われながら、昼夜の大きな寒暖差と、干ばつ明けの8月末の絶妙な降雨が、凝縮と瑞々しさを併せ持つ果実をもたらした。アルコールは穏やか、タンニンは緻密に熟し、驚くほどの新鮮さを備える、早くから楽しめ、長期熟成にも耐える、専門家が「新しいボルドー」と呼ぶスタイルである。批評家からは100点満点が多く飛び出し、2022年や2016年、さらには2009・2010年をも上回るとの評価すらある。

右岸はこの傾向がいっそう劇的に表れた。石灰岩土壌のサンテミリオンは出色で、オーゾンヌ、シュヴァル・ブラン、フィジャックはいずれも98〜100点級。ポムロールでもラ・コンセイヤントなどがヴィンテージを代表する質となった。ただし、その代償として収穫率は大幅に下がった。サンテミリオン・グランクリュの平均は34.7hl/ha、フィジャックは25hl/ha。ポムロールは平均25.9hl/haと直近10年平均比で約29%減。シュヴァル・ブランに至っては約15hl/haと1961年以来の低水準に沈み、生産量はわずか約5万5千本にとどまった。深い粘土質土壌の高い保水力が猛暑から樹を守った銘醸地ほど、果実は小さく、濃密になった。

一方、左岸メドックでは、水はけのよい砂利土壌が春の雨をうまく受け止め、カベルネ主体に凝縮と新鮮さを両立させた。市場関係者は左岸を「分かりやすく堅実な出来」と評価し、特にポイヤックやサンジュリアンを推す。対して右岸はシャトーごとの選別がより重要であり、とりわけポムロールでは価格/質(コスパ)が厳しく問われるとされる。

価格がどうなるか、これが今キャンペーン最大の焦点である。古いヴィンテージの在庫が市場に潤沢に残り、世界経済の不透明感から買い手は慎重だ。多くのシャトーが小幅な値下げに動くなか、シュヴァル・ブランは前年の276ユーロから約21%高い出庫価格336ユーロ(ネゴス向け価格)を打ち出し、希少性を背景に例外的な強気を貫いた。逆にラフィット傘下のレヴァンジルは前年並みの96ユーロと、2014年以来の安値水準に据え置いた。品質は申し分ない。

だが、成功の鍵は「価格次第」――それが2025年の右岸を巡る旅の通奏低音である。右岸を代表する9つのシャトーを訪ね、作り手たちの素顔とともに、このヴィンテージの実情を前編・後編に分けて報告する。

右岸9シャトー 2025年ヴィンテージ比較表

M=メルロ、CF=カベルネ・フラン、CS=カベルネ・ソーヴィニヨン、PV=プティ・ヴェルド。「—」は取材記録に記載なし

1. シャトー・ペトリュス――極限の乾燥が凝縮させた「静かなる怪物」

ペトリュスの醸造責任者オリヴィエ・ベルエ氏。2008年に父ジャン・クロードから醸造を受け継いだ

ポムロールの丘の最上部、約11.4haのシャトー・ペトリュスの畑。表土の硬い「クラップ」層の下に、スポンジのように水分を保つ青色粘土「ブルー・クレイ」が横たわる。2025年のような極端な干ばつ下でメルロへ水分を供給し続けたこの粘土こそ生命線だ。格付けを持たないポムロールでほぼメルロのみのこのシャトーが事実上の頂点に君臨してきたのも、テロワールの優位性ゆえ。率いるのは2008年から醸造責任者を務めるオリヴィエ・ベルエ氏。父から受け継いだ「観察」の哲学が、今年ほど試された年はない。

異常さは数字が物語る。乾燥で粒は極小化し果皮は分厚くなり、通常135〜155kgで足りる100Lのワインに2025年は190kgを要した。果汁収量は約30%減、最終収量は約20hl/ha。若木は8月28日、核心部のメルロは9月5〜11日に収穫。「早く摘まねば酸が失われる」という焦燥が漂うなか、ベルエはスイスのことわざ「急がずに、素早い決断を下す」を引き、最適な成熟を静かに待った。

2000年以降、年2回シャトーを訪れ、プリムールと瓶詰ボトルの試飲を行っているが、2025年産プリムールは別格のエレガントさを持つ

タンニンとフェノールが過去に類を見ないほど豊富で、醸造は「ハンドブレーキを引いてモンテカルロ・ラリーを走るよう」だった。発酵は25度以下、マセレーションは大幅に短い13〜14日間。大規模なルモンタージュを避けて微細な酸素を「拡散」させ、粘度の高い搾汁でも酵母が活動できるよう配慮した。流行を盲信せず、その年の植物の挙動を過去の知見に照らす――それがペトリュスの流儀だ。

チーム論も印象的だ。ベルエ氏はNASAの逸話を引く。宇宙飛行士から清掃員まで全職員が「あなたの仕事は」と問われ「人類を月へ送ることだ」と答えたという。「ペトリュスも同じ。全員が最高の一瓶を送り出す目的を共有する」。浮き沈みに左右されない安定感は、この結束にある。

試飲した2025年は、圧倒的なタンニンの骨格を持ちながら焙煎香も過熟のニュアンスも一切なく、驚くほど純粋な果実味に貫かれる。アルコール14.5%、pH3.55。ベルエ氏は伝説の1989年と比べ「同等の力強さに加え、2025年の方がフレッシュさと輝き(éclat)が際立つ」と評す。「バーの隅に座り、自らの力を確信するがゆえに虚勢を張る必要のない屈強な男。それが今年のペトリュスだ」。静かなる自信に満ちたヴィンテージである。

2025年ヴィンテージ数値サマリー

2. シャトー・レヴァンジル――精密な「3クッション」が導いた一打

2020年から、シャトー・エヴァンジルの醸造責任者を務めるジュリエット・クデールさん

ポムロールの高台、ペトリュスやシュヴァル・ブランに比肩する一等地にレヴァンジルがある。1990年からラフィット(DBR)の所有となり、かつて「重厚でパテのよう」と評されたスタイルは近年、驚くべきエネルギーと透明感を得た。2025年、ジュリエットさんが掲げたテーマは「3クッションのビリヤード」。複雑な条件を計算し尽くし跳ね返りを経てゴールに至る、自然を知的に乗り越えた一年を象徴する。

特徴は極限の乾燥だ。5月20日〜8月20日の降水量はわずか38mm。「砂漠を横断するようだった」と彼女は振り返る。反応は二極化し、保水力の高い粘土質区画は光合成を維持したが、砂利質(グラーヴ)区画は7〜8月初旬に生育が停滞。果粒は0.6〜0.7gと例年の3分の2に凝縮し、「乾燥したブルーベリーのよう」。収量は粘土質28〜30hl/ha、砂利質15〜18hl/ha、平均23hl/haにとどまった。

ところが届いた果汁は先入観を裏切った。発酵初期のpHは3.55〜3.6とポムロールには異例の高酸度で、彼女は「レモンジュースのようなフレッシュさ」と形容する。2022年のような紫外線の「日焼け」がなく、アロマと酸が保たれたのだ。砂利質のタンニンが硬くなりやすいと見越して抽出を抑え、品質最優先でグラン・ヴァン比率を60%に絞った(残り40%はセカンド「ブラゾン」へ)。ブレンドはメルロ86%、CF13%、CS1%。アルコールは13.7%に収まり、洗練を保った。

ペトリュスに比肩する一等地に建つレヴァンジルの邸宅と畑

2020年就任の彼女の哲学を象徴するのが、名バイオリニスト、オイストラフの逸話だ。ストラディバリウスを「幸運な楽器」と称賛された彼は言った。「これだけでは何も聞こえない。音楽にするのは私だ」。テロワールは至高の楽器、作り手はその個性を引き出す奏者であるべき――弦を強く弾きすぎない自制こそ、今年の演奏の要だった。

試飲で最も印象的なのは、密度の高い黒系果実の奥を貫く「鮮烈な赤い果実のライン」だ。彼女はこの酸の輝きを伝説の1966年に重ね、「2022年の力強さと2023年のエレガンスが融合した」と総括する。シャトー出し価格は前年並みの96ユーロと2014年以来の安値で、市場では屈指の「買い」との声も。価格が厳しく問われる今年、品質と価格の均衡にギリギリの回答を出した。

2025年ヴィンテージ数値サマリー

キュヴェ

3. シャトー・トロロン・モンド――禁断の合言葉「飲みやすいワイン=ビュヴァビリテ」

トロロン・モンドを率いるエムリック・ドゥ・ジロンド社長

トロロン・モンドはサンテミリオンの丘の頂、標高約100mに立つ。1745年に「モンド」領として創設、1850年にレイモン・トロロンが取得し現名となった。現在は保険会社SCOR所有、ドゥ・ジロンド社長の下、濃厚路線からエレガンスと「飲みやすさ」へ劇的に進化している。

同シャトーが直面したのは稀に見る極端な気象だった。2月15日には「過去最も遅い生育サイクル」と予測されながら、29日には一転「過去最も早い」サイクルへ突入。収穫は史上最速の8月28日に始まった。8月15日前後には41度の熱風が3日間吹き、西向き区画は約40%を失ったが、東向きは45〜48hl/haを維持(全体平均27hl/ha)。真価を発揮したのが石灰岩と粘土の層状テロワールで、冬の雨を蓄え夏も水分を供給し、水ストレスに陥らない。「格付け制度、それはテロワールだ。良い土地を持つか否か。評価を決めるのはそれだけだ」。過酷な年ほど輝く自社の土地への自負がにじむ。

近年の哲学は、高級ワイン界でタブー視されがちな一語に集約される。「ビュヴァビリテ(飲みやすさ)」。「美しい響きではないが、これこそ真実だ」とドゥ・ジロンド氏は言う。理想は、友人や妻と少しずつ楽しむうちデザートの頃に「もう飲み干したのか」と驚くワイン。そのため強い抽出を廃し穏やかなルモンタージュのみとし、大樽(フードル)比率を40%へ高めた(新樽50%)。試飲したワインはpH3.43の鮮烈さ、石灰質由来の「チョークの粉」のような緻密さ、チェリーやバラの華やかなアロマが印象的で、アルコールは13.9%。ブレンドはメルロ85%、CS13%、CF2%。

シャトー・トロロンモンドの石灰岩と粘土が層を成す、標高100mの丘の上のテロワール

日本の専門家の興味を引くのは苗木の逸話だろう。同シャトーのカベルネ・フランは、オーゾンヌのアラン・ヴォーティエが選別したセレクション・マサルを、先代クリスティーヌ・ヴァレットが「頼み込んで」譲り受けたもの。低収量ながら極めてフローラルなこの苗木を、数年前トラブルに見舞われた隣人ラ・コンセイヤントへも迷わず融通した。
「隣人が困る時に助けぬわけにはいかない」。右岸トップ間の強い連帯を物語る。

もう一つの注目は、新たに取得した10haから生まれる新ワイン「Mondo(モンド)」だ。新樽を一切使わず、純粋な果実味と石灰質由来のフレッシュさを前面に出す。メルロ90%、CF10%で、将来はフラン比率を30%へ高める計画だ。
「娘が20歳になった時にケースで飲み干すワインを作りたい」と笑う社長の視線は、新しい世代へ向く。テロワールという「貴族の血」と現代性。トロロン・モンドは気候変動の時代への一つの解を示す。

2025年ヴィンテージ数値サマリー

4. シャトー・シュヴァル・ブラン――「犠牲」が完成させた完璧なパズル

2017年からメットル・ド・シェとして醸造現場を指揮しているキャロル・アンドレさん

右岸全体の指標が、サンテミリオンの至宝シュヴァル・ブランだ。6月初旬〜8月20日の降雨量はわずか40mm。8月11日には観測史上最高の41.6度を記録し、熱波が砂利質区画や若木を深刻な水ストレスにさらした。この危機に栽培責任者ニコラ・コルポランディ氏が下したのは「戦略的犠牲」――樹の生存と残る房の成熟を守るグリーンハーベストだ。総支配人のクルーエ氏は「葉を守り、房の成熟サイクルを維持する挑戦だった」と振り返る。

収穫は9月1〜18日。CFの平均粒重は1gを切る0.8gと驚異的に低く、収量は15hl/haと1961年以来の低水準、生産量は約5万5千本に沈んだ。だが全区画の品質が卓越し、セカンド「ル・プティ・シュヴァル」を造らずグラン・ヴァンのみをリリースする、2015年・2022年に続く異例の決断が下された。ブレンドはメルロ51%、CF45%、CS4%、新樽率100%。熱波の年ながらアルコール12.7%、pH3.76と穏やかだ。「過熟」を避け「フレッシュでカリッとした質感」を摘む哲学が貫かれた。

クルーエ氏の言葉には矜持が宿る。近隣で見られた干ばつ時の灌漑を「単なる水の味の補給で、歴史的な過ちだ」と一刀両断。8月20日以降の60mmを「救いの雨」と呼び、果皮を和らげ糖度を希釈して完璧なバランスをもたらしたという。彼は2025年をスタイルで1998年、低収量とバランスで伝説の1961年になぞらえる。冷凍バクテリアを試した過去の失敗を「大量生産のやり方だ」と笑い、野生酵母と自然なマロラクティック発酵へのこだわりを語る。こうした余裕が気品の源泉だ。

シャトー・シュヴァル・ブラン取締役会会長のピエール・リュルトン氏と、2023年に総支配人の職を受け継いだピエール・オリヴィエ・クルーエ氏

同じチームが手掛けるキノー・ランクロも進化した。2017年新設の醸造所で「区画ごと」の醸造が可能となり精度が飛躍。メルロ主体(62%)ながら植え替えでCSが19%まで高まった。収量17hl/ha、約2万5千本。「土壌をそのまま味わう純粋さがある」とクルーエは語る。

そして価格だ。多くが値下げに動くなか、シュヴァル・ブランは前年276ユーロから約21%高い336ユーロを提示。歴史的低収量という希少性を背景にした強気は、今キャンペーン最大の論争点となった。だがグラスに輝く液体は自信の根拠を物語る。自然の試練に人間が「知性」と「犠牲」で応えた物語だ。1961年の再来となるか――答え合わせは数十年後の楽しみだ。

2025年ヴィンテージ数値サマリー

キュヴェ

5. シャトー・オーゾンヌ――31年ぶりの「全量統合」が示す確信

オーナーのアラン・ヴォーティエ氏(右)とドメーヌの管理部門を担当する三女のコンスタンスさん

サンテミリオンの頂点に君臨するオーゾンヌ。11世代この地を守るヴォーティエ家を訪ね、2025年産の試飲と家族の素顔を取材した。一家の精神は「誠実、謙虚、慎重」。流行に流されずテロワールを正確に瓶へ閉じ込める姿勢を、当主アラン氏の言葉が象徴する。「私は『樽が多すぎる』とは言わない。『力強さが足りない』と言うのだ」。新樽100%に耐える凝縮への自信の裏返しだ。

2025年は気候変動が新たな対応を迫った。通常最後に熟すプティ・ヴェルドが早熟し、CFより早い9月15日に収穫される逆転が起きた。そしてオーゾンヌ本体では1994年以来31年ぶりの大決断が下る。「すべての区画を統合し、単一のグラン・ヴァンとして発表する」。若木が非常に優れた品質に達し、セカンド「シャペル・ドーゾンヌ」へ回す必要がなくなったのだ(2025年は欠番)。わずか7.25haから生まれ50年以上熟成するグラン・ヴァンは、CF65%、M30%、CS5%。格付けを離脱してなお市場が「頂点」と認め続ける所以が、この迷いのない決断に表れる。

ファミリーの各シャトーには役割がある。「試験農園」のド・フォンベル(16ha)では、絶滅の危機にあったカルメネールをアラン氏が2005年に植樹し、そのスパイシーさがCSと見事に調和する。娘コンスタンスさんの「CFへの愛」はオー・シマールを一変させ、栽培面積を10haから4haへ削減してフラン主体(80%)へ再定義した。このほか岩の住居跡のラ・クロット(4ha、M85%・CF15%)、「古いレシピによる現代の銘品」ムーラン・サン・ジョルジュ(7ha)、地下水脈で干ばつを回避した40haのシマール(M60%、CF22%、CS14%、PV4%)と、ポートフォリオは多彩だ。

11世代続くヴォーティエ家。左から当主アラン・ヴォーティエ氏、長男・エドゥアール氏、三女・コンスタンスさん

日本の専門家に興味深いのは、オーゾンヌのCFの「血統」が右岸に広がる事実だ。アランが選別したセレクション・マサルはトロロン・モンドへ、さらにジャン・フォールへ受け継がれた。遺伝資源の源泉としてのオーゾンヌの存在感は、格付けを離れた今なお揺らがない。

取材の終わり間際、アラン氏は愛娘コンスタンスさんとの絆を笑顔で語った。家族の情熱が、オーゾンヌの次の300年を形作るだろう。

ヴォーティエ家ポートフォリオ(2025年)

後編に続く