星の数でレストランを評価してきた「ミシュランガイド」が2026年に、新たなワイン生産家の評価、「ミシュラン・グレープ(MICHELIN Grapes)」を始めた。対象はシェフでもソムリエでもなく、ワインを生み出す生産者だ。美食の格付けで知られるミシュランがワインの世界に踏み込んだことに関心が集まっている。
ミシュランは2004年に充実したワインリストを備える店を示すピクトグラムを導入し、2019年にはソムリエ・アワードを創設するなど、美食体験の一部としてワインを評価してきた経緯がある。インターナショナル・ディレクターのグウェンダル・プレネック氏は、レストラン評価で培った審査の知見を生産者評価へ広げることを、自然な発展として位置づけている。そして「世界の優れた生産者とその背後にいる人々を称えたい」という意図が、新制度の出発点にあるという。
5つの評価軸と専任インスペクター
「ミシュラン・グレープ」の審査は、次の5つの観点に基づく。栽培技術(畑とブドウの樹の健全性、手入れの徹底度)、醸造技術(ワインとしての完成度)、個性(土地の特徴や文化的背景の反映度)、バランス(酸味・タンニン・アルコールなどの調和)、一貫性(困難なヴィンテージでも品質を維持できているか)である。これらは地域を問わず適用される共通基準として示されている。
審査にあたるのは、元ソムリエ、ワイン評論家、生産の専門家などで構成される、ミシュラン専任のワインインスペクターである。飲食店やホテルの匿名調査とは異なり、生産者への訪問調査は身分を明かした上で行われる点が、実務上の違いとして注目される。
格付けは4段階で構成される。頂点が「3グレープ」で、卓越した生産者に与えられる。次いで優秀な生産者を示す「2グレープ」、良質な生産者を示す「1グレープ」、そして将来の評価対象として注目される生産者を示す「セレクテッド」が続く。
第1弾はブルゴーニュから ―― 全94生産者
最初のセレクションは2026年7月7日、ブルゴーニュのディジョン市庁舎で発表された。対象となったのは94の生産者。最高位の「3グレープ」に選ばれたのは9軒で、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(DRC)、ドメーヌ・ルロワ、といった別格の存在に加え、ドメーヌ・ドーヴネ、ドメーヌ・デュガ・ピィ、ドメーヌ・セシル・トランブレイ、ドメーヌ・ジョルジュ・ルーミエ、ドメーヌ・コシュ・デュリ、ドメーヌ・ジャン=マルク&トマ・ブレー、ドメーヌ・ユベール・ラミーが名を連ねた。一方、ジュヴレ・シャンベルタンのアルマン・ルソーやシャンボール・ミュジニーのコント・ジョルジュ・ド・ヴォギュエなど、従来の市場評価では最上位に置かれがちな銘醸は「1グレープ」に位置づけられた。カテゴリー別の全生産者は以下の通りである。
第2弾ボルドーは全83生産者
続く2026年9月7日、舞台はボルドーに移り、シテ・デュ・ヴァンで発表された。対象は公式発表ベースで83生産者、うち「3グレープ」はボルドーも9軒だった。メドックからはレオヴィル・ラス・カーズ、ラフィット・ロートシルト、モンローズ、ポムロールからはペトリュス、ラ・コンセイヤント、ラフルール、サンテミリオンからはシュヴァル・ブラン、フィジャック、ソーテルヌからはディケムが選ばれた。全生産者は以下の通りである。
このボルドーの結果は、ワイン業界に波紋を広げた。一級に列せられる5大シャトーの評価は一様でない。ラフィット・ロートシルトのみが「3グレープ」に入った一方、ムートン・ロートシルト、マルゴー、オー・ブリオンは「2グレープ」にとどまった。さらに一級シャトーの一角であるラトゥールは、「3グレープ」からセレクテッドまでの全カテゴリーに名前が見当たらない。海外報道では、デュクリュ・ボーカイユやレオヴィル・ポワフェレ、パヴィなど、市場で高い評価を受けてきた銘柄の不在も指摘されている。
170年余り続いてきた序列に対し、ミシュランが独自の物差しで示した結果として、SNSやワインフォーラムでは選択基準への批判が相次いだ一方、格付けによる注目度の向上を歓迎する生産者の声も伝えられている。ミシュラン側は、本制度を確定的な序列ではなく、継続的な評価の一環として位置づけている。
「3グレープ」を受賞したシャトー・フィジャック
ミシュランガイドのレストランの星の数が予約動向や周辺経済を左右してきたことを踏まえれば、「ミシュラングレープ」が今後、ワインの取引価格や生産者のブランド価値に影響を与える可能性は否定できない。特に1855年格付けという固定的な序列に慣れ親しんできたボルドー市場にとって、外部機関による新たな評価軸の登場は、従来とは異なる緊張関係をもたらしかねない。
ミシュランは今後、対象地域を拡大していく方針とみられる。そして、レストランガイドがそうであったように、「ミシュラングレープ」も版を重ねるごとに影響力を増していくのか、あるいは一過性の話題にとどまるのか。日本の読者にとっても、ブルゴーニュ・ボルドー以外への展開と、日本市場での受け止められ方は、引き続き注視に値するテーマだ。