フランスで日本酒を扱う輸入大手「ラ・メゾン・デュ・サケ(La Maison du Saké)」が、初の自社ブランド「優慈(YUJI)」を発表した。兵庫県神戸市で醸造した純米酒で、アルコール度数は7.3%。720ml瓶で参考小売価格は19.90ユーロ。2015年の創業以来、同社は日本の蔵元から商品を輸入・輸出する立場に徹してきたが、自ら商品設計に踏み込んだのは今回が初めて。
「ラ・メゾン・デュ・サケ」は2015年、酒サムライの称号を持つユーラン・リー(YoulinLy)氏によって設立された。現在は1956年創業の歴史あるパリのスピリッツ専門商社「ラ・メゾン・デュ・ウイスキー」の傘下にあり、日本の約30蔵から130以上の銘柄を輸入している。取扱ブランドには白鶴、泉橋、北島、真澄、竹野などが名を連ね、欧州市場向けの専用ボトリングも数多く手掛けてきた。パリ2区ティクトンヌ通りにある直営旗艦店にはガストロノミーレストラン「ERH」やウイスキーバー「GoldenPromise」が併設されている。
「ラ・メゾン・デュ・サケ」が2025年3月に公表したデータによると、売上高は過去5年で倍増。2024年の売上高は前年比15.6%増を記録し、年間販売本数は11万本を突破した。2026年は15万本を目指している。
同社はレストラン関係者やソムリエを「一般消費者への最大の入口」と位置付けている。販路の主軸は飲食店(CHR:カフェ・ホテル・レストラン)であり、フランス国内のCHR売上の61%をパリが占める。酒販店ネットワークは600軒を超え、地域別売上ではパリ(26%)、プロヴァンス(10%)、アキテーヌおよびローヌ渓谷(各6%)が続く。さらに売上の31%がフランス国外への輸出が占め、ドイツ、ベルギー、ギリシャ、イタリア、スイス、ウクライナなど欧州・カリブ海地域の計46カ国へ供給されている。
この成長の背景には、欧州における日本酒市場全体の拡大がある。日本の財務省貿易統計によると、日本酒の輸出先は80カ国を超え、2024年の金額ベースでは2019年比で約80%増となった。ヨーロッパにおいては、イギリスに次ぐ第2の市場であるフランスが、欧州向け輸出額の約3分の1を占めている。2024年12月に「日本の伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことも、追い風となっている。
7.3%という設計思想
「優慈(YUJI)」は、米・水・麹菌・酵母のみを原料とし、発酵期間を緻密にコントロールすることで度数を7.3%に抑えた純米酒だ。名称は「優(やさしさ)」と「慈(いつくしみ)」の二文字に由来し、ラベルには「母なる自然へ捧ぐ(Dédié à Mère Nature)」というコンセプトが刻まれている。
推奨提供温度は1〜5度。冷やしてワイングラスで楽しむほか、オン・ザ・ロックやカクテルベースとしての活用も想定されている。
テイスティングノートによると、香りは摘みたてのハーブや白い花、ほのかな乳酸のニュアンス。味わいはアカシア蜂蜜のようなやわらかな甘みと、青リンゴを思わせるみずみずしい酸の対比が特徴で、余韻にはライチやパイナップル、白い花のかおりが残る。相性の良い料理としては、サーモンのグラヴラックス、ムール貝のマリニエール、フレッシュチーズや若いゴーダ、夏のサラダ、地中海料理、フルーツデザートなどが挙げられている。
欧州で高まる「低アルコール(Low-ABV)」需要に配慮しつつ、日本酒ならではの味わいの密度や複雑性を損なわない精密な商品設計がなされている。
「モダン」というカテゴリー提示
「ラ・メゾン・デュ・サケ」は数年前から、精米歩合などの従来の技術的指標に過度に依存せず、香味ベースで日本酒を5つに分類する独自のカテゴリーを提唱している。
1. モダン:華やかな果実や花の香りが立ち、白ワインのように親しみやすいスタイル
2. トラディショナル(米タイプ):穀物や米本来のふくよかな香りを備えたスタイル
3. トラディショナル(水タイプ):繊細で透明感のある軽快なスタイル
4. ナチュール:発酵由来の素朴で複雑な風味が残るスタイル
5. 発泡:スパークリングスタイル
「優慈」はこの中で「モダン」に位置付けられる。専門用語が多い日本酒の言葉を現地消費者が理解しやすい語彙に置き換えることで、フレンチレストランのワインリストに自然に組み込むためのフレームワークとして機能している。
販売の現場と自社ブランドの意義
「ラ・メゾン・デュ・サケ」は積極的な普及活動を展開しており、2025年3月20日から4月27日にかけて、第1回「プランタン・デュ・サケ(日本酒の春)」を開催した。その中で、「優慈」と日本の蔵元をテーマに、飲食店向けの特別提供、マスタークラス、ソムリエやシェフとのコラボ企画を実施した。
また、世界最大級のスピリッツ試飲見本市「ウイスキー・ライブ・パリ」内に特設ブースを設け、日本の蔵元の紹介を積極的におこなっている。教育面でもWiSP(ワイン・スピリッツ専門教育機関)と提携し、WSETSAKE Level 1の認定講座を提供するなど、インフラ整備に力を入れている。
海外の専門輸入業者が自らブランドを企画・所有することの意義は大きい。価格と仕様の決定権を握ることで、エントリー層が手に取りやすい価格帯(19.90ユーロ)に確実な受け皿を作ることができるためだ。日本の蔵元にとっても、現地市場の消費者ニーズや低アルコールトレンドがダイレクトに反映された「海外市場発の商品設計」の先行事例として、非常に高い示唆を与えている。