ピュリニー=モンラッシェのドメーヌ・ルフレーヴはこのほど、パリのスキラ社から『オマージュ・オ・ヴィヴァン(Hommage au vivant)』を刊行し、10月8日にパリのスキラ社で出版記念会がひらかれた。監修はドメーヌの当主ブリス・ド・ラ・モランディエール氏、写真はジェローム・ブリヨン氏。本文はフランス語、黄色の布装の大判。書名は「生けるものへのオマージュ」の意で、ルフレーヴ家4代に捧げられている。
ドメーヌ・ルフレーヴの当主ブリス・ド・ラ・モランディエール氏(右)10月8日にパリのスキラ社で開かれた出版記念会
目次の見開き
構成は序文と7章。土壌、植物、動物という畑の生態系から入り、料理、人の仕事、建物と景観へと進み、最後にレシピが掲載されている。
序文の見開き
モランディエール氏による序文によると、ルフレーヴ家は1717年からピュリニーに住んでおり、20世紀初頭、フランス屈指のエリート校、ポリテクニック理工科学校出身のジョゼフが1910年から1930年にかけて畑と家屋を買い足し、今日のドメーヌの大部分を形づくった。その後ヴァンサンとジョーが国際的な評価を確立し、アンヌ=クロードが土壌の生命を守る重要性を示した。モランディエールは4代目として、自らを「独奏者ではなく指揮者」と書いている。ドメーヌは約30年前に有機栽培へ転換し、ブルゴーニュにおけるビオディナミの先駆者の一つとなった。
土壌の章は、シュヴァリエ・モンラッシェ最上部の切り通しに現れる1億5000万年前の地層、硬い石灰岩と泥灰岩の互層の光景から始まる。地質学者フランソワーズ・ヴァニエが、電磁波探査と土壌断面の掘削で各区画を調査。植物の章は植物学者ティエリー・テヴナンが担当し、ノコギリソウやイラクサなどビオディナミの調剤に使う植物が、ブルゴーニュの民間薬でもあったことを記している。動物の章では、クラ山の放牧が土壌を保ってきたこと、生垣や石垣を残して野生動物の通り道としていることを伝えている。
「大地の皮膚」の章より
地質学者フランソワーズ・ヴァニエを紹介する頁
植物学者ティエリー・テヴナンの紹介頁
動物の章より
中ほどの料理の章は、パリ「リュカ・カルトン」のシェフ、ユゴー・ブルニーによるもの。畑の周辺の植物を使った料理にドメーヌのワインを合わせている。「ニジマスのマリネとオオバコのブイヨン」には「ビアンヴニュ・バタール・モンラッシェ 2018年」、「タラとノイバラの実、ブルゴーニュ産トリュフを添え」には「シュヴァリエ・モンラッシェ 2017年」を組み合わせている。デザートはシェフ・パティシエのシルヴァン・グジョンが担当し、ピンクグレープフルーツ、シダの根、セージの皿に、オーク樽で10年熟成したフィーヌ・ド・ブルゴーニュを組合せた。この35clのフィーヌのカラフは香水瓶デザイナーのアンリ・ド・モンクランが設計し、栓にはシュヴァリエ・モンラッシェの石垣の石を砕いて樹脂に混ぜている。
料理の章より
シルヴァン・グジョンのデザートの頁
フィーヌ・ド・ブルゴーニュのカラフの頁
「収穫の手」の章には、技術責任者アマンディーヌ・ブリランソー、セラー責任者ルイ・ブリエールらが登場する。ナントゥーでは牧草地を取得し、数年かけて土を整えてからシャルドネを植えた。剪定はシモニット&シルク社の方法を採用している。醸造はオーク樽を使い、1年熟成させたあと、ステンレスタンクで6〜9か月置く。醸造所ではステンレス、コンクリート、フードル、卵形タンクの比較試験を行っている。ブリエールは「ワインは生きて動くもので、一つの方法に固まってはならない」と語る。
「収穫の手」の章の扉
「収穫の手」の章より
最終章は建物と景観。ドメーヌは石垣や石小屋(カボット)の修復を支援してきた。2012年に建てた醸造棟「カーヴ・ド・ルフ」は木造で藁を断熱に使い、卵形の平面に黄金比を取り入れている。
最終章の扉
最終章より