ここでは3回にわたり開発秘話をお届けする。
これまで、サントリーは「東京クラフト」というブランドでさまざまなビアスタイルをリリースしてきた。中には、マイクロブルワリーでも二の足を踏むような、尖ったテイストに仕上げたビールもあり、クラフトビールファンの中には「次はどんなビールだろう……」と、密かに期待している人が少なくない。
実は、何を隠そうぼくもそんな“東京クラフトウォッチャー”のひとりで、昨年の年初に編集部には「どうも、サントリーが東京クラフトの限定ビールで新たなチャレンジをするらしい」という情報が寄せられた。裏どりのため、すぐさまサントリーの開発部隊にコンタクト。すると「実は最終的な方向性を決めかねていて、もし可能であればちょっと相談させてもらえますか」との返答。こうして、この企画がスタートした。
ホップや副原料がウリでない、サントリーにしかつくれないビール
25年2月。ぼくは「サントリー〈天然水のビール工場〉東京・武蔵野」(以下武蔵野ビール工場)を訪れた。出迎えてくれたのは、武蔵野ビール工場の丸橋太一工場長だ。
「これまで、東京クラフトは定番の『ペールエール』のほかに、ホップを効かせたり希少な副原料を使ったりし、サントリーなりの解釈で約30もの限定品をリリースしてきましたが、正直なところその方向性のままでいいのかどうか。誤解を恐れずに言うならば、サントリーでなければつくれないビールに挑戦すべきではないかと──」と、丸橋さんは自分に問いかけるように話し始めた。サントリーのフラグシップであるマスターズドリームは、丸橋さんがおよそ10年という歳月をかけて開発した。丸橋さんのビールづくりに一切の妥協はない。おそらく、東京クラフトを次のステージに引き上げるためには、従来のクラフトビールづくりのアプローチとは異なる何かが必要──、と考えているのだろう。「サントリーでなければつくれないビール」を換言すれば「高い醸造技術がなければつくれないビール」ということか。思案しているぼくに丸橋さんから「へレスって、どう思いますか」と問いかけてきた。
それを聞いた瞬間、思わずほくそ笑んだ。ヘレスはラガーの中でも、もっともデリケートとされるドイツのミュンヘン発祥のビアスタイルだ。ノーブルホップの控え目な香りと苦味、そして上品なモルトの甘味、旨味。それらを絶妙にバランスさせてこそ、あの風味を獲得できる。確かな醸造技術と相応の設備がなければ辿り着くことができない、ギリギリのバランスなのだ。日本でほとんど見ることのないのは、そうした醸造上の難しさがあるからだ。サントリーが本気でヘレスに取り組んだら──。そう考えると、喉が鳴った。
東京クラフトがつくられる「サントリー〈天然水のビール工場〉東京・武蔵野」。ここは、新製品の開発も行われる同社の“研究所”として顔を持つ。工場長の丸橋太一さんは、元ビール開発研究部部長でもある
とりあえず”からの脱却。日本の食卓での最高の食中酒を目指す
丸橋さんが、言葉を続ける。
「日本のビール文化が目指す次のステージは、日本酒やワインと同じように真の食中酒として飲まれることだと考えています。そういう意味でも、ヘレスはぴったりだと思うんです」
まったくの同感だ。そもそも、ビール王国ピルスナー一辺倒であった日本のビールの飲まれ方に異を唱えるために創刊した。それは、世界中には100を超えるビアスタイルがあり、それらを上手に料理と組み合わせれば最強の食中酒になる、との確信があったからだ。
ビールは「とりあえず」で終わる酒ではないのだ。「となると丸橋さん、今回のヘレスは『日本の食事』に照準を合わせ仕上げる──、となると、料理のプロに加わってもらったほうがいいですよね」
「はい、私もそう思うんです」
「料理家の和田明日香さんはいかがでしょう。彼女であればビールのこともよくご存じですし、なによりも、彼女が目指しているのは『日常に寄り添う料理』です」
~第二回に続く~
和田明日香さんの「10年かかって地味ごはん。」と続編である「楽ありゃ苦もある地味ごはん。」(ともに主婦の友社刊)は、累計30万部以上のヒット作となっている。『地味ごはん』のゆえんは、茶色がベースでいわゆる“映える”料理ではいから。しかし、そこに並ぶ料理は子供の健やかな成長のための食事を作る──、という母としてのまっすぐな想いでしかない。まさに、日常に寄り添う料理である。今回のヘレスの開発には、明日香さんの視点が不可欠だ。
現在、火曜日の22時からBSテレ東にて「和田明日香とゆる宅飲み」が絶賛放映中。
※本稿は、ビール王国49号に掲載した「サントリー×ビール王国with 和田明日香さんで、東京クラフト限定ビール『へレス』をつくりました」に加筆、一部構成を変え転載しています