1743年創業の「モエ・エ・シャンドン」は150カ国以上にシャンパーニュを届ける世界最大級のメゾンである。だが、重要なのは生産量ではない。モエ・エ・シャンドンは、シャンパーニュそのものを象徴するアイコンなのだ。最高醸造責任者ブノワ・ゴエズ氏が語る3つのキュヴェの物語から、その本質を解き明かす。
ゴエズ氏が”孤島に持っていきたい“ 『モエ アンペリアル』
物語は『モエ アンペリアル』から始まる。シャンパーニュを飲んだことがなくても、このブランドは知っているだろう。「多様性」と「普遍性」を併せ持つ存在だ。
自社畑は1 3 0 0ヘクタール。シャンパーニュ地方319村のうち、282村にアクセス可能だ。年ごとに異なる優れたクリュを組み合わせることで、普遍的な魅力を生み出している。伝統を守るだけではない。気候変動や消費者の変化にも対応しながら、絶えず挑戦を重ねてきた。
例えば*1ドザージュ。30年前は1リットル当たり30グラムを超えていたが、現在は5グラム前後に抑えている。ブドウの熟度が上昇し、ドザージュを抑えながらも、フレッシュ感とテクスチャーを備えたシャンパーニュが造れるようになった。消費者の嗜好も、軽やかさや繊細さへ向かっている。ゴエズ氏はそうした時代の変化を見据えながら、モエ アンペリアルを造り続けている。
*2リザーヴワインもヴィンテージの個性に応じて調整する。フレッシュ感を加える年もあれば、豊かさを補う年もある。そのため、多様なリザーヴワインを、この15年間で拡充してきた。20年以上にわたる経験と感性によって、その緻密な作業が支えられている。
モエ アンペリアルは、ピノ・ノワール、ムニエ、シャルドネのアサンブラージュ(ブレンド)。1100種を超えるワインから構成され、20~30パーセントはリザーヴワインをブレンドしている。リンゴ、レモンオイル、グレープフルーツ、クリーミーなムース。生き生きとした酸としなやかなテクスチャーが調和し、ほのかな塩味を帯びた余韻が滑らかに伸びていく。誰が飲んでも満足できる完成度だ。世界中で毎秒に1本開けられているという事実にも納得がいく。
「さまざまなシチュエーションで楽しめる。ピノ・ノワールのストラクチャーに、エレガンスとフレッシュ感が加わる。長く熟成させなくても、すぐに喜びを 感じられる。孤島に持っていくなら、これだ」
ブノワ氏はそう確信をもって語る。
モエ アンペリアルが磨き続けてきた伝統様式だとしたら『グラン ヴィンテージ』は、その年の風景を1枚の絵画として描き出す瞬間芸術に近い。『グラン ヴィンテージ 2016』はフレッシュで引き締まりながら、白桃、タンジェリン、ヘーゼルナッツ、フローラルなニュアンスが重なり、ミッドパレットが膨らむ。繊細さと豊かさが調和し、ほろ苦さと緊張感を帯びた余韻が持続する。シャルドネ48パーセント、ピノ・ノワール34パーセント、ムニエ18パーセント。6年間のセラー熟成を経てリリースされた。
ブノワ・ゴエズ氏
「モエ・エ・シャンドン」最高醸造責任者
1970年、ブルターニュ生まれ。カリフォルニア、ニュージーランド、オーストラリアで醸造経験を積み、南仏プロヴァンスでワイン造りに携わった後、1999年に「モエ・エ・シャンドン」へ入社。2005年、35歳で最高醸造責任者に就任。伝統を尊重しながらも、時代に適応した革新を追求する姿勢で知られる
テイラーメイドの『グラン ヴィンテージ』
モエ アンペリアルが黒のイブニングドレスなら、グラン ヴィンテージはシチュエーションごとに表情を変える、テイラーメイドのカラフルなドレスである。
2016年は、気まぐれな自然への対応を迫られた、変化に富むヴィンテージだった。春には霜が降り、その後は雨による*3ミルデュー被害。夏には極端な乾燥が続き、収穫量は減少した。9月17日に始まった収穫では、量こそ控えめだったものの、上質なブドウを得ることができた。
ジェットコースターのように激しく変化する自然に対峙するには、高 度なブレンド技術と正確さ求められる。2016年は創業以来77番目のヴィンテージ。メゾンが積み重ねてきた歴史、クリュに対するゴエズ氏の解釈、そして総合的な技術力が発揮された年だった。
「このヴィンテージはブドウ栽培家たちの努力に報いたいという思いが強かった。最終的には、卓越したワインを造るというビジョンを実現できた」
そう振り返る。
新しい地平切り開いた『コレクション アンペリアル クリエイション No.1』
ハイライトは熟練した技能とメゾンの底力が凝集された『コレクション アンペリアル クリエイション No.1』。初の*4ブリュット・ナチュールで、傑出した7種のヴィンテージをアサンブラージュするマルチ・ヴィンテージ的な手法で造られた。8年間の瓶内熟成からくる重層的なテクスチャーと深みがあり、エネルギーが溢れている。ミラベルプラムのコンポート、スモーク、濡れた石、カモミール、塩気を帯びたミネラル感。複雑でハーモニアスな旨味とアロマが反響するフィニッシュは焦点が合っている。スケールの大きなアサンブラージュは膨大なライブラリー・シャンパーニュを抱えるメゾンでしかできないものだ。ステンレスタンクで熟成させたグラン ヴィンテージ 2013年から始まり、洗練された2012年、力強い2010年、凛とした2008年、フルボディの2006年、オーク樽で熟成させた2000年、瓶内熟成させた2004年をアサンブラージュしている。
ゴエズ氏が2003年から取り組み、3通りの方法でシャンパーニュのアサンブラージュに辿り着いた。ステンレスタンクの還元的な若さ、オークで熟した中期的な熟成感、瓶内熟成のリージィな熟成感。プライマリー・アロマとセカンダリー・アロマが 調和を保っている。このシャンパーニュにドザージュが不要と考えたのは当然だろう。全く新しい視点と手法で個性をかけ合わせ、新しい地平を切り開いた。
このトリロジーはさらに発展する。「モエ・エ・シャンドンは伝統的なメゾンではなく、革新的なメゾンである」と語るゴエズ氏の言葉に納得である。
左から 『モエ・エ・シャンドン モエ アンペリアル』
『モエ・エ・シャンドンコレクション アンペリアル クリエイション No.1』
『モエ・エ・シャンドングラン ヴィンテージ 2016』
*1 門出のリキュールを添加する作業
*2 貯蔵してある良作年の原酒
*3 カビ(糸状菌)による病害
*4 補糖を行わない極めてドライな超辛口スタイ
text by Akihiko YAMAMOTO
photographs by Kentaro TAKIOKA