ビールと同じ製法、原料でつくられているヤッホーブルーイングの「正気のサタン」。カテゴリーとしては炭酸飲料ではあるが、IPAのような芳醇な香りとしっかりした飲みごたえによって人気を博ししている。当初は東京都内のセブンイレブン限定販売だったが、多くのファンの後押しによって、この6月27日からついに全国の全業態店で販売が開始されることになった。ここでは類例を見ない“クラフトドリンク”が、どのように誕生したのか、生みの親であるヤッホーブルーイング製造部門 麦酒品質改方ユニット(品質管理ユニット)のユニットディレクター又吉康太さん(ニックネーム“またきち”/編集部注:ヤッホーブルーイングは社員同士をニックネームで呼ぶ文化がある))と、よなよな未来課(ブランド戦略ユニット)の 本田敏也さん(ニックネーム“コナン君”)のお二人にお話しを伺った。
試験醸造を100回以上繰り返し、たどり着いた答えとは──
現在、日本の酒税法ではアルコール度数1%以上であればビール、以下であれば清涼飲料として扱われる。ビール関連商品の場合、前者は低アルと呼ばれ、後者はビアテイスト飲料、または微アルと呼ばれる。
「アルコール度数を下げるには、単純に酵母が分解する糖の元となるモルトの量を減らすか、アルコール分解が進まないうちに発酵を止めるかのいずれの方法を用います。しかし、それが一筋縄では行かなくて……。前者はボディ感がペラペラになり、後者はアロマがまったく立ってこない。世界中の論文や資料をあさりながら試験醸造を繰り返しました」(又吉さん)。
その回数は、優に100回を超えた。しかし、そうした試験醸造を繰り返すうちに、発酵する糖分と発酵しない糖分のバランスや酵母ごとのエステルの違いをどうコントロールするか、ホップを投入するタイミングや時間を細かく検証することによって、正気のサタンのレシピは決まっていった。とりわけ特徴的なのが、ホップの使い方だ。
「ホップはシトラ、モザイクをはじめ7種類を、煮沸時やドライホップピングで投入するなど、各工程で使い分けています」(又吉さん)。その結果、トータルでの使用量はなんと同社のIPA「インドの青鬼」の約2倍に達している。とはいえ、たとえばシトラの柑橘系の香りがパーンッと前面に出てくるわけではなく、何とも言えぬ複雑なアロマとなって正気のサタンの独特の芳香を醸しているのだ。
ビールが好きだけど飲めない人たちの救世主
レシピのメドが立つと、よなよな未来課(ブランド戦略ユニット) 本田敏也さんのプレッシャーも高まった。パッケージやネーミングはどうする、どんな人たちをターゲットにする──。「おいしいビールは飲みたいけれど酔えない人──。そういう人は? とチームでブレストを重ねた結果、おいしい食事とビールを楽しみたい、でも仕事や家事に忙しい『ワーキング家事プレイヤー』に飲んでほしい、とターゲットが決まりました。名前の候補は900を超えましたが(笑)、最終的に正気≒酔っていない、サタン≒やみつき、悪魔的という解釈で『酔わずにおいしく心を満たせる』というメッセージをネーミングに込めました」
ビアテイストという呪縛を解いたビール屋としての矜持
こうしてプロジェクトのメンバーが一丸となってつくり上げた「正気のサタン」は、発売当初は東京都内のセブン- イレブン限定であったが、この6月24日から全国発売となった。これほどまでに人気となった理由は、やはり安直にビアテイストを付加するのではなく、愚直に「アルコール1%未満のノンアル・低アルビールをビール屋がつくったらこうなる」という、ビール屋としての矜持が正気のサタンの味、香り、そしてパッケージに表れているからに違いない。よくよく考えてみれば、クラフトビールのファンは、ビールを通してつくり手の温度感、熱量を感じているからこそ、そのビールに酔いしれるのではないだろうか。ビアテイストという呪縛にとらわれることなく、独自の「醸造系クラフトドリンク」というジャンルを打ち立てたヤッホーブルーイングの心意気に乾杯。