2022年9月、山梨県甲州市にブルワリー「98BEERs」が誕生した。追って 10月、ブルワリーの建物に泊まれる「STAY366」がオープン。都内からは 約90分、晴れた日には富士山をのぞむ山あいの里に、一度訪れたらまたす ぐに足を運びたくなるような“体験”が待っている。
山梨県甲州市にある福生里(ふくおり)という地域をご存知だろうか。 中央線の塩山駅から約5 km、
車で10分ほど北上したところにある、山あいの小さな集落だ。
県道から山側へ、果樹園の合間を縫いながら細い道を上っていくと、森の木々に囲まれた黒い建物が見えてくる。窓に映るのはビール醸造タンク。そこが「98BEERs」の醸造所とタップルームだ。
それと同時に、同じ福生里にあるワイナリー「98WINEs」のワイン、98BEERsのビールと、蕎麦懐石などを楽しむことができるオーベルジュ「STAY366」でもある。
2022年10月から最大一日2組が泊まれる宿としてオープンした。
ベースとなるのが、2018年から始まったワイナリーの 98WINEs だ。代表の平山繁之さんは、
メルシャンで醸造責任者を務めるなど、40年以上の長きにわたり日本産ワインの技術向上に貢献してきた方。福生里の耕作放棄地を開梱し、山梨を代表するワイン品種「甲州」、「マスカット・ベーリー」に特化したワイン造りを行っている。
ワイナリーが軌道に乗り、平山さんにビール造りへの意欲も湧いてきた頃に知り合ったのが、
現在98BEERs でブルワーを務める宮嵜尚文さんだ。同じ醸造家として目指す方向性が一致したことで、ブルワリー設立構想が具体的になり、「98BEERs」として2022年9月よりビールのリリー
スを開始した。さらにブルワリーの建物を利用して宿泊をできるようにしたのが「STAY366」だ。
土地と人との由来を大切に
宮嵜さんは、2017年から同じ山梨の「FAR YEAST BREWING」に入社して以来、
ブルワーとしてビール醸造技術の腕を磨いてきた。
「ホップの香りを生かしたドリンカブルなビールから樽熟成を施したビールまで幅広いビールが造れたのは大きかった。自信につながり、どんなビールを造りたいかを考える礎になりました」と、
かつての経験を振り返る。
98BEERs で用意しているのは、3つのブランドラインだ。
まずは定番の「九八」シリーズ。「セゾン」「ベルジャンビター」「レッドエール」の3種類をそろえる。セカンドラインの「叙景(じょけい)」シリーズは、地元や人とのつながりで得た果実を使う季節限定品だ。たとえばワイナリーの隣家からいただいた果実で「柚子のブラウンエール」などを造ってきた。
トップキュベとして位置づけたのが、長期熟成を視野に入れたシリーズである「四方(よほう)」。
今回最初に造ったのは、甲州市塩山地区の農家が栽培した高級干し柿「枯露柿(ころがき)」を使ったインペリアスタウトだ。スタウト特有のビターな口当たりの中にも干し柿由来の甘い香りと滑らかさが感じられ、飲み口にもスモーキーさが現れている。
「ワイナリーがつくったクラフトビールブルワリーとして、ワインに通じるものを手掛けていきたい」と宮嵜さん。四方にはヴィンテージの年号を付け、年々アルコール度数と干し柿の量を増やしていく。今後はバーレイワインや、98WINEs のワインバレルを使ったバレルエイジド造る考えだ。
造るビールのスタイルは、土地や人とのつながりから手に入る原材料を生かせるものを大切に、柔軟に考える。反対に技術的な面では、98BEERs のアイデンティティとして譲れないポイントがある。
まずは甲州市塩山平沢水系の水を使うこと。軟水の柔らかな口当たりをそのままビールに生かすため、水質調整はほとんどしない。また、原則的にすべてのビールは「瓶内二次発酵」だ。そして、いかなるビアスタイルであってもドライホッピングはしない。
こうした方針は、自然や素材を生かす狙いとともに、食事に合わせて楽しむことを前提としている。何といっても 98BEERsは、大人が豊かな自然の中で身も心も委ねられるオーベルジュ「STAY366」の大切な一部でもあるのだから。
造り手自らが案内し、もてなす
STAY366での宿泊は、基本的にオールインクルーシブシステムだ。平山さんやワインメーカー自らが案内する98WINEs のワイナリーツアーと試飲、宮嵜さんがタップルームで提供する98BEERs のフリーフロービール、一品ごとにワインやビールのペアリングが提案される蕎麦懐石のコース、翌日の朝食──という、なんとも贅沢なパッケージになっている。
「まずは 98WINEs で受付してもらいます。チェックインは15時ですが、14ー15時頃にいらっしゃる方が多いですね。ワインを楽しんでもらったら、500m ほど離れた森の中にある宿(STAY366)に僕がお連れします。
1度お部屋に入ってゆっくりしてもらい、18時の夕食まで数時間、98BEERs の タップルームでビールを心ゆくまでフリーフローで飲んでもらう──という流れです」(平山さん)。
98BEERs のタップルームでは、5、6種類のビールとペアリングを意識したつまみを用意している。土日祝日ならばタップルームだけの利用も可能だ。晴れた日には遠くに見える富士山を眺めながらテラス席でビールを楽しむのもいい。
しかしながら、せっかく福生里にまで足を運ぶのであれば、ぜひとも宿泊することをおすすめしたい。
造り手自らが案内し、酒造りへの情熱を語ってくれ、地元食材の魅力を引き出した懐石でペアリングが楽しめる。さらにはワインやビールを愛する者同士として心ゆくまで語り合える......。こんな歓びに満ちた体験ができる宿が、果たして他にあるだろうか。