世界市場に打って出るブルワリーが増え始めている一方で、地域密着型の「地ビール」であることに重きを置き、規模の拡大路線を選ばないブルワリーも数多く存在する。たくさんの共通点を持ちながら、これまで接点のなかった実力派ブルワー、「柿田川ブリューイング」の片岡哲也さんと「Bryü」の栗原生さんに「Keep small」を貫く理由を伺った。素敵な考え方に触れられた貴重な時間となった。
文:並河真吾 写真:津久井耀平

── 以前から、考え方に共通点を感じるおふたりを「会わせたい、つなぎたい」との思いが、「ビール王国」にはありました。今回はお忙しい中、ありがとうございます。

栗原 こちらこそ素晴らしい機会をありがとうございます。楽しみにしていました。

片岡 私もです。栗原さんと「クラフトビール談義」をできることに、ワクワクしていました。

栗原 実は片岡さんとは出身地も近いんです。私が岩手で、片岡さんは秋田でしたよね。

片岡 ふたりとも東北出身だったんですね。

Bryü
栗原 生 Nama Kurihara
岩手県出身。群馬大学大学院を修了後、埼玉県にある自動車部品メーカーに研究員として就職。40歳を目前に一念発起してブルワーの道を志す。「こぶし花ビール(現在は閉業)」にてビール造りを学び、2021年に「Bryü」を起業。地域に深く根差す決意をこめブルワリー名は醸造所を構えた「桐生(Kiryu)」と醸造を意味する英語の「Brewing」をかけ「Bryu」とした

 

── 元々おふたりは、なぜブルワーになられたのでしょうか。

栗原 私は2011年に発生した東日本大震災がひとつのきっかけでした。群馬大学大学院を修了後、埼玉県にある自動車部品メーカーで研究員として働いていたのですが、とても考えさせられることがあったのです。

片岡 どのようなことですか?

柿田川ブルーイング
片岡哲也 Tetsuya kataoka
秋田県出身。語学留学でイギリスに住んだことで、パブ文化に魅了され、ブルワーを志す。およそ9年、日本のクラフトビアシーンを牽引する「ベアードブルーイング」で醸造技術を身に付け、2016年に独立。「柿田川ブリューイング」を立ち上げる。自社ビールを「沼津クラフト」と名付けた理由は、沼津という街に深く根付き、少しでも地域活性化に貢献できるブランドにしたかったから。「静岡クラフトビール協同組合」の代表理事も務めている

 

栗原 地震によって供給がストップしてしまった原材料を調達するため、自分たちの生活が逼迫しているのにもかかわらず、家を離れて東奔西走せねばならなかったのです。会社員として当然のことなのかも知れません。ですが、いざという時に家族のそばにいて守ってあげられないことに、「これってどうなんだ、違うのではないか」と思い始め、自分の将来について真剣に考えるようになったのです。

片岡 それで会社を辞め、新しい道を選ぶという決断をされたのですね。

栗原 はい。いろいろと悩みましたが、やはり「自分の好きなことをやりながら、身近な人でいいから、きちんと幸せにしていける生き方を選ぼう」と。その時に以前から興味のあったビール造りでなら、自分の理想とする生活を築いていけるのではないかと考えました。片岡さんはどうしてブルワーの道を選ばれたのですか。

片岡 私は学生時代の語学留学がきっかけです。一年間イギリスに住んだのですが、パブ文化に魅了されたのです。皆、同じ時間を共有し、語り合うことを心から楽しんでいて、幸せそうにしている。ビールをはじめとする酒は、お金よりも人生を豊かにしてくれる。そう感じたことがブルワーを目指すきっかけになりました。

 

大好きな街に深く根を張り、生きて行きたい

栗原 素晴らしい文化体験をされたのですね。

片岡 語学学校やパブでできた友人たちを訪ねる形で、オランダやベルギー、フランス、ドイツ、オーストリア、チェコ、スイスなどを巡り、国によって特徴の異なる様々なビールを味わえたことも、大きかったと思います。自分も造ってみたいという気持ちがどんどん強くなっていきました。

── おふたりは生まれ育った場所とは異なる場所に深く根を張り、ビール造りをされていることも共通しています。

栗原 大学に通うために移り住んだ群馬県桐生市は、山が近くて川がそばにあり、故郷の盛岡に似ていて、最初から居心地のよさを感じていました。そして人が魅力的です。自分の住む街を愛し、おいしいものに目がなく、新しいものに敏感で、よいと思ったものは柔軟に受け入れ、大切にしてくれる土壌があります。住めば住むほど好きになっていく桐生でなら、クラフトビール造りを応援して貰えるに違いないとの確信がありました。

片岡 私は、「ベアードブルーイング」でキャリアをスタートさせたのですが、沼津に移り住んでみて(ベアードブルーイングの本拠地はまだ現在の修善寺ではなく沼津だった)、初めての感覚を味わいました。それは、「この地で骨を埋めたい」と思ったのです。豊かな自然、穏やかな気候、おいしい水、のんびりとした優しい人々が、そのような気持ちにさせたのに違いありません。実際に家族のように私に接してくれ、応援し続けてくださる方々がたくさんいます。先ほど栗原さんの口から、「身近な人でいいから、きちんと幸せにしていける生き方を選ぼう」という言葉がありましたが、私も心からそう思っています。

栗原 外からやって来た人間だからこそ、よりその街の魅力を感じ取れる、との思いもあります。案外自分のこととなると気づきにくいものじゃないですか。

片岡 そうですね。せっかく持っているよさを、もっとアピールできればよいのに、と感じることがあります。地場の魅力を活かしたクラフトビール造りによって付加価値を付け、積極的に発信していければとの思いがあります。

画像1: “Keep Smallを貫く” 
対談『柿田川ブルーイング 片岡哲也さん × Bryü 栗原 生さん』
画像2: “Keep Smallを貫く” 
対談『柿田川ブルーイング 片岡哲也さん × Bryü 栗原 生さん』

栗原さんに、片岡さんが手掛けた「沼津クラフト(右からラヴァポーター、マージーサイドESB、フレンチピルスナー」をテイスティングして貰った。「ポーターはまず泡の色がよいと思いました。ボディも重層的で濃厚な味わいを存分に楽しめました。ESBはボディはしっかりながら後味はスムーズでとても素晴らしかったです。モルトの甘みが心地よく常温でもおいしくいただけました。ピルスナーもやはりボディはしっかりで満足感がありました。口に含んだ少し後に爽やかな甘みが広がるのがよかったです。どのビールもモルトが重層的で、ホップが突出せず、素晴らしいバランスでした。沼津の人々はこんなビールが毎日飲めるので羨ましいです」

 

 

なぜ私たちはビールを造るのか

栗原 ひとつの場所にたくさんの様々な人が集まれる「タップルーム」が街に存在することで、ただ楽しいだけではなく、いろいろな「新しいつながり」が生まれ、街が活気づくのではないかとも考えています。

片岡 実際に知り合いも多くなるので、何かをしたいと考えている人が現れれば、「それならあの人を紹介しますよ」と微力ながらお力添えすることもあります。利害関係なく、そのようなことができるのもタップルームの素敵なところではないかと思っています。

── クオリティの高いビール造りによって、既に多くのファンに愛されているおふたりですが、ブルワリーの規模や醸造量の拡大を考えないのはなぜでしょうか。

片岡 私の場合、拡大路線は「自分が理想としている働き方や生き方」の足枷になると考えているからです。

栗原 現在の「柿田川ブリューイング」さんの醸造量はどれくらいですか? 

片岡 一回の仕込みで400~600リットルです。この醸造量であれば無理なく売り切ることができ、経営的にも問題がありません。もしも拡大路線を取り、万が一軌道に乗らなかった場合、在庫を恐れ、造りたいビールより売れるビールを造らなければならない── 、という状況に陥る可能性があります。そうなってくると、「自分は何のためにビールを造るのか」という当初の目的にブレが生じます。私は、造りたいビールによって商売が成り立ち、目が回るほどは忙し過ぎず、好きな仲間たちとビールを楽しむ時間を確保できれば、それ以上に望むものはないのです。 

栗原 凄く、共感します。片岡さんが掲げていらっしゃるコンセプト「SLOW BEER SLOW LIFE」は、まさにそういった考えから生まれたのですね。

片岡 ブルワーの数だけいろいろな考え方や目的があると思いますが、少なくとも私と栗原さんは似ていますね(笑)。

栗原 私も片岡さんもビールが大好きです。ただ、単にビールが造りたくてブルワーになったのではありません。ビール造りを職業にすることで、自分らしい生き方を実現したいと考えています。ちなみに私も拡大路線は一度も考えたことがありません。

画像3: “Keep Smallを貫く” 
対談『柿田川ブルーイング 片岡哲也さん × Bryü 栗原 生さん』
画像4: “Keep Smallを貫く” 
対談『柿田川ブルーイング 片岡哲也さん × Bryü 栗原 生さん』

片岡さんに、栗原さんが手掛けた自社ビール(右からヴァイツェン、アルト、コーヒースタウト)をテイスティングして貰った。「ヴァイツェンはバランスがよく体がとても受け入れやすい味でおいしかったです。少しベルジャンウィットのニュアンスを感じました。アルトもすっと体に染み込んでくるような穏やかな味わいが好きです。コーヒースタウトはがっつりとコーヒーを効かせるのではなくて、あくまでベースのスタウトを引き立たせるくらいのバランスがくどくなく、何杯でも飲みたくなる味でした。いずれのビールもとてもクリーンで、普段から洗浄、殺菌などをしっかり行っていらっしゃるのが分かります」

 

 

地元に愛されるブルワリーでありたい

── おふたりが常日頃から心掛けていらっしゃる、ブルワリーのあるべき姿について教えてください。

片岡 まずは地元の方々に「おいしい」と言っていただけるビール造りが何より大切だと思っています。

栗原 私もです。「Bryü」を立ち上げる時に考えたのは、「人口の少ない桐生で、どうすれば商売が成り立つか」ということでした。それでまずは、100名のファンをつくろうと── 。桐生の人口がおよそ10万人ですから、その数であれば無謀なことではない。100名のお客様が入れ替わり通ってくだされば、自分の望むライフスタイルでビール造りを続けていける。身の丈に合った経営を続けていこうと決めていました。

片岡 コンセプトの「Keep Local」「Keep Small」「Make Fun」は、そこから生まれたのですね。

栗原 はい、その通りです。実はタップルームでご提供するビールの価格設定も最初から決めていました。

片岡 幾らですか?

栗原 600円です。

片岡 えっ? ウチも全く同じです。ちなみに1杯の容量は?

栗原 330㏄です。

片岡 驚きました。容量まで同じです(笑)。

栗原 私も驚きました(笑)。自分たちがこれから相手にしていくのは、いわゆる「クラフトビールファンではない」「あちらから探し求めて飲みに来てくださる方々ではない」という前提に立ちました。何しろまだクラフトビール文化が根付いていない街ですから。つまるところ、魅力を知っていただくところから始めなければならない。ならば価格はギリギリまで抑えようという考えでした。あとは何よりも肝心なのが、どういった味わいのビールを造っていくかということですが、片岡さんは、どのようなビールを手掛けていこうとお考えでしたか?

画像: 地元に愛されるブルワリーでありたい

 

毎日飲みたくなるビール造りを

片岡 穏やかな甘味と苦味が心地よい、いつまでも飲んでいたくなる奥行きのあるビールです。個人的にはホップに頼り過ぎている流行りのビールには魅力を感じません。ビールのメインの原料はあくまでもモルト、そこにホップのアロマ、酵母のエステルをバランスよく活かした、クラシックなビール造りを心掛けています。

栗原 なるほど、だからフラッグシップが「ESB(イギリス発祥のビアスタイル。モルトの豊かな風味とコクのある味わいが特徴)」なのですね。私も大好きなビアスタイルです。それにしても、「ESB」をフラッグシップにしようというブルワーには出会ったことがありません。そこがまた、片岡さんだからこその魅力ですね。

片岡 新しく登場したビアスタイルや銘柄の情報をいかにキャッチし、いち早く口にするか、ということに喜びを感じるクラフトビールファンの方々も少なからずいらっしゃいます。けれども私としては「毎日飲みたい」と思って貰えるビールを造りたいですし、そのようなビールでなければ、地元の方々に長く愛していただけないと思うのです。

栗原 私も伝統的なヨーロッパスタイルのビールを手掛けることが多いのですが、考え方は片岡さんと同じです。あとはやはりビールは「麦の酒」。麦の豊かな風味を味わっていただきたいなという思いがあります。ちなみに「Bryü」には今のところフラッグシップとして掲げている銘柄(ビアスタイル)はありません。今のところ毎回異なるビールを仕込むことで、コンスタントに通ってくださっているお客様に面白がって貰えればと。あとは、私のブルワーとしての幅もその方が広がっていくのではないかと考えています。

画像: **今回対談を行ったのは「Bryü」のタップルーム。元エンジニアである技術力を活かし、栗原さんがほぼ全ての設備を自作している併設のブルワリーも見学し、感心しっ放しの片岡さん。対談が進むほどに打ち解け、終始笑顔が絶えない有意義な対談となった

**今回対談を行ったのは「Bryü」のタップルーム。元エンジニアである技術力を活かし、栗原さんがほぼ全ての設備を自作している併設のブルワリーも見学し、感心しっ放しの片岡さん。対談が進むほどに打ち解け、終始笑顔が絶えない有意義な対談となった

 

もっともっと地元に貢献したい

── これからの展望についてお伺いできますか。

栗原 桐生の農作物を活かしたビール造りに力を入れていきたいです。現在桐生では山間部が限界集落のようになっていて、放置されたままの茶畑や柚子畑がそのまま残っています。たとえばそこで採れる農作物を活かせれば、再び土地を有効活用できるようになるかも知れません。協力者を募って、麦づくりや製麦を行って貰い、「Bryü」が買い取らせていただいてビールを造る。そんな長期的な計画も立てています。

── 以前に取材させて貰いましたが、「Bryü」さんは、地元の企業が開発し、特許を取得している「シルク抽出液」を使ったビール造りにも着手されています。

栗原 桐生は昔から絹の産地ですから、そちらも軌道に乗せたいですね。実はつい先ごろ「シルク抽出液」によって酵母が活性化するというエビデンスが取れたのです。ぜひビール造りに活かしていきたいと思っています。

片岡 農作物をビール造りに活かして、地元に貢献するという取り組みは、「柿田川ブリューイング」でも行っており、さらに加速していきたいです。やはり、関わる全ての人が利益を得られるということが、地域の活性化には必須だと思いますので。

── 片岡さんは「柿田川ブリューイング」を経営する傍ら、静岡でクラフトビール協同組合を設立し、代表理事を務めていらっしゃいます。

片岡 沼津はもちろんのこと、静岡全体の盛り上げに、少しでも貢献したいとの思いから、2021年に立ち上げました。原料や資材の共同仕入れなどを行うことで、クラフトビールのさらなる多様化や低価格化につなげたり、廃棄するモルト粕の再利用を活発化させたり、様々な取り組みに着手し始めています。たくさんの人にクラフトビールを今よりもさらに身近に感じていただき、静岡、そして沼津へ足を運んで貰える仕組みをつくっていきたいです。

 

同じ考えを持つブルワーの素敵な化学反応を期待

── お話を聞けば聞くほど、おふたりに共通点が見つかり、初対面でいらっしゃることが信じられないほどでした。地元ならではのビール造りに力を入れていくことは、県外のファンづくりにもつながっていくに違いありません。この対談をきっかけに、今後、栗原さんと片岡さんがよい関係を築いてくださったら、とても嬉しいです。

栗原 対談を終えて、これほどまでに私と同じ考えを持っていらっしゃる方が存在していることに驚きました。また、片岡さんは私より10歳以上お若いのに、すでにあらゆる考え方が確立していて、しかも実践されている── 。ブルワーとしてリスペクトすると同時に、大きなモチベーションをいただきました。片岡さんとの共通点を知ることができたことは、「このまま突き進んでいこう」という私の自信と安心にもつながりました。ありがとうございました。

片岡 決してブレることのない芯を持ち、自分の信念と価値観を、クラフトビールを通して発信していらっしゃる栗原さんのような存在に出会えたことを、とても嬉しく思っています。そして、栗原さんのようなブルワーが手掛けるクラフトビールこそ、僕の中で飲んでみたくなるビールなのだと改めて気づくことができました。とても感銘を受けました。ありがとうございました。

 

柿田川ブルーイング >

Bryü>

 

※ビール王国41号から転載

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