ナパ・ヴァレーにある「ジャクソン・ファミリー(※)」傘下の「ロコヤ」は、グループ内最高位のワイナリーである。カリフォルニアの産地はヴァレー・フロア(平坦地)とマウンテン・サイド(山岳部)に大別できるが、クリス・カーペンター氏は、標高の高い山岳のカベルネ・ソーヴィニヨン=山カベで手腕を発揮している。
「複雑な味わい、凝縮したタンニン、きれいな酸味、ミネラル感のコンビネーションがあるから」というのが山のワインに魅了されている理由だ。
※「ロコヤ」「ラ・ホタ」「カーディナル」「マウント・ブレイブ」「カラダン」

クリス・カーペンター氏と『スプリング・マウンテン 2019年』
クリス・カーペンター氏は、ハウエル・マウンテン(1983年にAVA〈※〉認定)、マウント・ヴィーダー(90年認定)、スプリング・マウンテン(93年認定)、ダイヤモンド・マウンテン(2001年認定)の各AVAの特徴を描き出すワインを手掛けている。セミナーで水平試飲した2019年ヴィンテージの中のスプリング・マウンテンは、堆積土壌と火山性土壌が混在し、山の斜面全体に多くの小さな泉が湧き出していることから命名されたエリアである。
※アメリカワインの原産地呼称
シカゴ出身のカーペンター氏は大学で生物学を専攻したが、社会に出ても自分を生かせる将来的な展望が見えず、悶々としていた。そんな折、バカンスでカリフォルニアに出かけ、最後に立ち寄ったナパで理想のライフスタイルを発見する。好きな科学、食(料理&ワイン)、創造性の三つが融合したワインビジネスだ。UCデイヴィス校への入学を決め、栽培学の学位を取得した後、イタリアやカリフォルニアで研鑽を積み「ジャクソン・ファミリー・ワインズ」に入社して、醸造家としてのキャリアを踏み出す。
1998年に「カーディナル」で働き始め、2000年に「ロコヤ」のワインメーカーに就任。ナパ・ヴァレーのさまざまな産地のブドウをブレンドしたカーディナルは、言うなればオーケストラ。一方のロコヤはソロだ。ナパ・ヴァレーの四つの山岳AVAの自社畑および契約農家のカベルネ・ソーヴィニヨン100パーセント。ブドウや土地を表現したワインである。

ナパ・ヴァレーの土壌は三つに分類できる。一つは低地で、ナパ川に沿った栄養分のある土壌。後の二つは山岳部で、海底が隆起した堆積土壌と、地殻変動から1000万年後に起きた火山活動による火山性土壌である。
『スプリング・マウンテン』
初リリースは2005年。ナパ・ヴァレーとソノマ・カウンティを隔てるマヤカマス山脈の東斜面、セント・ヘレナの町の上方に位置し、契約畑「スプリング・マウンテン・ヴィンヤード」と自社畑「ウルテル・ヴィンヤード」「イヴェルドン・ヴィンヤード」の三つの畑からなる。600メートル超のイヴェルドン・ヴィンヤードのいくつかの区画のブドウをメインにブレンドしたワインは、フローラルさが特徴。ブラッドオレンジやバラの花びら、赤系果実や濃い黒系果実のアロマ、タンニンは若々しい。
『ダイヤモンド・マウンテン』
初リリースは1995年。ナパ・ヴァレー北部のカリストガの町を見下ろし、ナパ・ヴァレーの西端を縁取るマヤカマス山脈の一部で、火山性土壌。黒曜石や流紋岩の破片がローム層土壌と絡み合い、キラキラしているのでダイヤモンド・マウンテンと命名された。二つの自社畑「ウォリス・ヴィンヤード」と「ライオライト(流紋岩の意味)・リッジ・ヴィンヤード」のブドウをブレンドしたワインは、ほかの場所より暖かいので酸味やタンニンも丸く、黒系果実のブラックチェリーやビターチョコやミントのニュアンス。
『ハウエル・マウンテン』
初リリースは1995年。標高556メートルの自社畑「W.S.キーズ・ヴィンヤード」はロコヤの単独所有。ヴァカ山脈の北東に位置するエリアで、霧が発生する場所より高いところに位置する。温度は低いが十分な日照があるので、果皮の厚いブドウができる。ナパでも1、2を争う秀逸な畑で、1800年代後半にハウエル・マウンテンをワイン産地として確立させたブドウ栽培のパイオニアW.S.キーズの名に由来。黒系果実や岩のようなミネラル感がある、リッチなワイン。
『マウント・ヴィーダー』
初リリースは1995年。ナパ・ヴァレーの西側マヤカマス山脈が立ち上がる南端から最上部の700メートルの頂上までのエリア。ロコヤの自社畑「ヴィーダー・ピーク・ヴィンヤード」の標高は549メートルで、十分な日照に恵まれている。火山性土壌で岩が多く、ワインはスミレやブルーベリー、タンニンの力強さが特徴。
栽培を重視するカーペンター氏は、収穫のタイミングの見極めに最も注力している。管理している180ヘクタールの畑はすべてオーガニックで、土壌の健康や有機物の向上、炭素隔離のために、非耕起栽培(耕さない)を徹底。
「ブドウ畑の温度をできるだけ低くしておくことが大事であり、それによって微生物の活性化を促し、水はけも良くすることができる」と語った。
醸造では天然酵母を使い、ステンレスタンクで20日間発酵、木樽で16~22カ月熟成、新樽率84~91パーセント、四つのワインの製法はすべて同じ。カーペンター氏の醸造の基本は「手を加えず、自然のままに!」

左から
1: カベルネ・ソーヴィニヨン スプリング・マウンテン ナパ・ヴァレー 2021年(13万2000円)
2: カベルネ・ソーヴィニヨン スプリング・マウンテン ナパ・ヴァレー 2019年(13万2000円)
3: カベルネ・ソーヴィニヨン ダイヤモンド・マウンテン ナパ・ヴァレー 2019年(13万2000円)
4: カベルネ・ソーヴィニヨン ハウエル・マウンテン ナパ・ヴァレー 2019年(13万2000円)
5: カベルネ・ソーヴィニヨン マウント・ヴィーダー ナパ・ヴァレー 2019年(13万2000円)
6: カベルネ・ソーヴィニヨン マウント・ヴィーダー ナパ・ヴァレー 2010年(19万8000円)
7: カベルネ・ソーヴィニヨン マウント・ヴィーダー ナパ・ヴァレー 2006年(19万8000円)

テイスティングの順序は
第1フライト:2、3、4、5の順で四つの山カベ2019年ヴィンテージを水平試飲
第2フライト:6、7の順でマウント・ヴィーダー 2010年および06年の垂直試飲
第3フライト:1のスプリング・マウンテン最新ヴィンテージ2021年を試飲
2019年はビッグな年、10年は冷涼年、06年は温暖年、21年は19年より冷涼で、収量は例年の30パーセント減。
「収量が減ったのは前年の山火事が原因」とカーペンター氏。9月下旬から10月にかけて煙害によって太陽が遮られ、畑に光が当たらなかったので、収穫時の果実に被害が出た。さらに、ブドウ樹が発芽のためにエネルギーをため込むタイミングと重なってしまったことで、2021年は枝や芽が大小まばらな状態で成育し、収量減になった。

蔵出しの『マウント・ヴィーダー 2010年』
15年の経過を感じさせない暗赤紫色で、中央部は不透明、液の淵まで色調の濃さを維持したワイン。中盤以降の酸味の広がり、凝縮した果実の味わい、きめは細かく存在感の明確なタンニン、旨味と長い余韻。今後10~20年の熟成が可能。
テイスティングに入る直前、「ワインを味わうというより、ブドウがどのような場所で、どのように栽培されているか、それらを感じ取ってほしい」と力説した“栽培ファースト”のカーペンター氏。彼のワイン造りの信念を裏打ちした言葉だ。
コレクターアイテムとして高い人気を誇るロコヤは、長期熟成させて味わうことで本領を発揮するタイプである。セミナーのために用意された蔵出しの2010年ヴィンテージと06年ヴィンテージを味わい、その真価をあらためて実感することができた。
【ワインの問い合わせ先】㈱中川ワインTEL: 03-5829-8161
text & photographs by Fumiko AOKI