イタリアの北方、オーストリアと国境を接するアルト・アディジェ地方。国内で2番目に小さいこの産地から、ワインの魅力を伝える「ワインサミット」が、世界に向けて発信された。オンラインセミナー形式での開催となり、イギリスのワインエデュケーター、ナンシー・ギルクリストMW(マスター・オブ・ワイン)が案内役となった。
ボルツァーノの町を中心とし、農業やワイン産業、観光業がさかんな地として知られるアルト・アディジェ地方。イタリアのワイン産地としては最北に位置し、アルプス山脈の影響を受ける「山の中の産地」だ。栽培面積は5600ヘクタールと小さいが、緩やかな丘陵地帯や山間の険しい斜面に畑があり、七つの栽培地域から多様性と個性豊かなワインが生まれている。
歴史的な産地
アルト・アディジェでは、約2500年前からブドウ栽培が行われていたことが、考古学的発見により証明されている。ワイン醸造のターニングポイントとなったのは1850年ごろ。オーストリア帝国のヨハン大公がブルゴーニュやボルドーの品種や、リースリングの栽培を奨励したことに始まる。70年代にはブドウ栽培のコンサルティングや研究、教育の組織化が行われ、93年には協同組合が誕生。最もブドウ栽培面積が広がったのは1910年ごろで、現在の約2倍となる1万ヘクタールだった。
時代はくだり2007年、アルト・アディジェ生産者委員会が設立された。ワイナリーは270軒を超えるが、1社あたりが所有する畑の平均面積は1ヘクタールほど。ゆえに協同組合の存在が大きい。現在は12組合があり、70パーセントほどの生産量シェアを占めている。
かつて赤ワインが多かったこの地は今、白ワインが優勢。64パーセントが白ワインで、イタリア有数の白産地として知られる。
気候風土と標高の高さ
アルト・アディジェの畑の標高は、低いところで200メートル、高いところで1000メートルを超える。その差は実に約800メートル以上。生産者たちは近年、より標高の高い場所での栽培を考えている。盆地ではピノ・グリージョやラグレインなどの土着品種やカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロが、高所ではシルヴァーナーやミュラー・トゥルガウやリースリングなどが栽培されている。主な品種は20種類。
山岳地帯というと冷涼な気候を思い浮かべるが、アルト・アディジェは北にそびえるアルプスが冷たい風を遮り、地中海からの温かい空気が流れ込んでくる。また日照時間も多く、年間の日照日数は300日あまり。ブドウにとって理想的な環境と言える。よく成熟するため、アルコール度が高くなり過ぎないようにする工夫が必要だと生産者たちは言う。
クオリティーの保証
アルト・アディジェでは年間4000万本ほどのワインが生産され、その98パーセントはDOC(統制原産地呼称)だ。キャップシールに「SÜDTIROL(シュドチロル)」と書かれているのが目印。SÜDTIRO(南チロル)はアルト・アディジェのこと。
また、この地では「ヴィーニャ」と呼ばれる小区画が存在し、より厳しく管理されている。56区画、合計約200ヘクタールが登録されている。最小区画は0.45ヘクタール、最大区画で16.7ヘクタールとなっている。
未来のキーワード
現在のところ温暖化の影響はあまり受けていない、あるいは、悪影響は感じないという生産者が多いが、それでも未来への準備は必要。生産者協会が先導し、栽培者、生産者たちがさまざまな取り組みを導入している。
一例が、標高の高い畑の開拓と、サステイナブル(持続可能な産業)の取り組み強化だ。ちなみにオーガニック栽培が行われている畑は、現在約8パーセント。「2030 Alto Adige Wine Agenda(2030年に向けたアルト・アディジェのワインの課題)」と題した未来へのロードマップが作成され、環境にやさしいワイン造りが進められている。このことは近年の輸出量の増加と無関係ではないだろう。
サミットの後半では、ナンシー・ギルクリストMWと、生産者6人によるディスカッションが行われた。
シルヴァーナーの個性
アルト・アディジェで生産されている、代表的で重要な品種の一つがシルヴァーナーだ。「パッハーホフ」では1840年ごろ植えた、最も歴史のあるブドウの一つがシルヴァーナーだという。
「現在植わっている樹は樹齢40年です。収量は少なく、凝縮した果実が得られます」と、オーナーでマーケティングマネジャーのカタリーナ・フーバーさん。
「素晴らしい酸味があり、オーク樽熟成からくるクリーミーさも感じられます」と、『シルヴァーナー・アルト・レーベン 2018年』を試飲したギルクリストMW。
「2018年は完璧なヴィンテージだった」とフーバーさんが話すと、「アルト・アディジェのシルヴァーナーは素晴らしいフレーバーを持っています。個性的なワインで、大きな可能性を秘めています」とギルクリストMWが応えた。
標高の高い畑への進出
アルト・アディジェでは、より標高の高い場所への関心が強くなっている。
「フランツ・ハース」のセールス&マーケティングディレクター、アンディ・プンター氏は「当社の畑は標高1150メートル地点まで広がっています。山間部になるほど日照時間が長く、低地に比べて昼夜の温度差も大きく、そのため複雑な味わいと良質な酸を持つワインが生まれます」と言う。
ただ、人件費が高くなること、果実が小さく収穫量も少なくなることがデメリットだという。
「栽培にかかる時間は、低地の3倍近くです」
ギルクリストMWは「高地での栽培が進められているアルト・アディジェは、気候変動の観点からも今後50年の間にもっと注目される産地になるでしょう」と予測する。
適地適品種
アルト・アディジェの白ワインのもう一つの代表品種が、ゲヴュルツトラミネールだ。白ワインの生産が多い「ナルス・マルグライド」は、2010年から適地適品種を探るプロジェクトを行っている。
「標高200~900メートルの場所に畑があります。シャルドネはマルグライドの丘、ソーヴィニヨン・ブランとピノ・ビアンコはアルト・アディジェの北に位置するナルスに植えるなど、気象条件や土壌を考えて植えています」と常務取締役のゴットフリード・ポリンジャー氏。シャルドネ、ピノ・ブラン、ソーヴィニヨン・ブランを使った『ナマ 2018年』は、フレンチオークの小樽で18カ月間熟成させた後ブレンドし、1年間ステンレスタンクで熟成させる。
「フレッシュ感とミネラル感を備えたワインは、国際的にも人気が高い。この銘柄はアルト・アディジェの特徴を表現した、パワフルさを表現しています」
ギルクリストMWは「ワイナリーではボルツァーノとメラーノ、80キロほど離れた二つの場所に畑があるとのことですが、微気候や土壌、標高が異なる複数の畑、複数の品種を組み合わせることで、万華鏡のような複雑なワインとなるのですね」と語った。
適地適品種の成功例として、「トラミン」のマネジング&セールスディレクター、ウルフガング・クロッツ氏は、ゲヴュルツトラミネールを挙げた。
「この20年間で、アルト・アディジェはゲヴュルツトラミネールのスタイルを確立しました。アルト・アディジェでのスタイルは辛口です。昼夜の温度差が大きいこの地では、酸を備えたバランスのいいブドウが育ち、ワインは複雑な味わいとなる。まるで大音量で響く音楽のように」
ゲヴュルツトラミネールは暑さに強く、温暖化など環境変化のなかでも可能性を発揮するブドウの一つとされる。
「この20年間、当社で造るゲヴュルツトラミネールのアルコール度数は変わっていません」とクロッツ氏は言う。
高地のピノ・ノワール
気候変動の波が押し寄せていると認識され始めた1990年ごろ、高地にブドウを植え始めたワイナリーの一つが「フランツ・ハース」だ。
「標高220メートルの地にラグレインを植えたところからスタートしました。そして2000年、アルディーノというエリアの標高1150メートルの地にピノ・ノワールを植えました」とプンター氏。高地にはピノ・グリージョなどの白品種も植えているが、最も力を入れているのがピノ・ノワールで、「エレガンスが表現できる」と語る。ピノ・ノワールで造る『PN ポンクラー 2016年』を、ギルクリストMWは「美しい味わい」と評価した。
一方、フランツ・ハースより標高の低い450~500メートルの畑でピノ・ノワールを造るのが「ギルラン」だ。1923年創立の協同組合で、80年代にピノ・ノワールの醸造を始めた。
「そのころはあまり重要視されていない品種でしたが、当社では2021年までにピノ・ノワールの面積を2倍以上増やしました。今では最も重要な品種です」とマーク・フィッツァー氏は語る。『PN ヴィーニャ・ガンガー』の2016年は4度目のヴィンテー陽光。標高100~500メートルのマゾンエリアにある。マゾンは午前中に強い日差しが、午後はやさしい陽光が長く降り注ぐ。
ヴィーニャ
アルト・アディジェでは、ヴィーニャと呼ばれる小区画でのワイン造りが進んでいる。産地全体で56区画あり、ギルランでは「マゾン」、ムリ・グリでは「クロステランガー」がそれに当たる。クロステランガーは2.3ヘクタール、標高約220メートルの場所にあり、1790年代にはすでにブドウが栽培されていたという歴史ある畑だ。今はここにラグレインを植えている。
「ボルツァーノの谷に位置するこの畑は暖かい気候で、ラグレインが何百年もかけて適応してきただけあり、非常によく成熟します」と「ムリ・グリ」のマーケティング担当キャサリン・ウェルスさん。
「『ラグレイン・ヴィーニャ・クロステランガー 2015年』を飲むと、醸造家が過去30~40年にわたりラグレインの醸造に力を入れてきたことや、ブドウの本質がわかります。その歴史を語ってくれるのが、クロステランガーの畑なのです」と語る。
ムリ・グリでは2004年に植え替えを行った。棚栽培からグイヨー式に変更し、より品質が安定したという。
「歴史ある畑の新しいブドウ樹から、アルト・アディジェを代表するラグレインの個性を表現したいです」とウェルスさん。
新しい取り組み
栽培条件の厳しい山間地域の畑も多く、所有面積1~2ヘクタールの小さな生産者が多くを占めるアルト・アディジェは、協同組合の存在が大きい。協同組合はメーカーをリードする存在でもあり、近年は持続可能なワイン造りも主導している。
「物事を変えていくのは難しいですよね。トラミンでは、15年ほど前から除草剤の使用をやめていますが、小さな生産者にとってこれは難しい選択でした。でも最初は数軒で始めたことも、だんだんと広がっていった。小さな産地だからこそ明確に目標に進めるのは、大きな利点だと思います」とクロッツ氏。
一方、フランツ・ハースのプンター氏は「近年、持続可能性やバイオダイナミック、オーガニックという単語がワイン業界でもよく使われていますが、フランツ・ハースは何年も前からサステイナブル(持続可能な取り組み)を意識しているし、オーガニックも取り入れている。これからは、従うべき明確なガイドラインがより必要となるでしょう」と話す。
「そこで協同組合の存在がますます大きくなってきます。栽培家によく説明し、フィードバックをし、サポートすることが大事だからです」とギルランのフィッツァー氏。
ムリ・グリのウェルスさんは「私たちはそのプロセスの真っただ中にいます。この20年ほどで、ワイン造りは気候変動などさまざまな要素の影響を受けてきました。ワイン生産者、ブドウ栽培家の意識も非常に高まっています。自分の畑で何が起こっているのか、日々の仕事は自然と調和しているか、これからも考えていきます」
パッハーホフのフーバーさんは「変化には時間が必要です。アルト・アディジェは次世代も成長していて、彼らは私たちとは異なる視点で世界を見ているかもしれません。今後、時間をかけて変わっていくでしょう」と語る。
「気候変動は恐れるべき変化ですが、私たちは仕事に情熱と愛情を持ち、“高品質なワイン”という結果を出している。この点では楽観的です。諸問題に対して私たちの解決が間に合うことを心から願っています」
ギルランのフィッツァー氏も「私も将来を前向きに捉えています。この地域には、すでに重要な生産者がいますが、一方で非常に革新的な小規模生産者がいて、彼らは多様性を追求しています。さまざまな造り手がいることはとてもエキサイティングですよね」と語る。
最後に「ムリ・グリのウェルスさんはこう語った。
「私たちのように小さな地域の生産者は、ある意味ニッチな存在です。アルト・アディジェのワインがもっと世界に知られるために、世界の消費者に向けて、私たちはこのワインがどこから来てどんな意味を持つのかなどを細かく説明し、理解してもらうことが大事です。それが今後の大きな課題です」