東欧諸国のワインが日本でも多数楽しめるようになった今、モルドバワインとなると、私たちはどれほどのことを知っているだろうか。
「日本への国別輸入量は2022年のデータでは、同じ東欧で近年知名度が一気に高まったジョージアが17位、モルドバが18位。実はほとんど変わらないのです」と話すのは、「独立行政法人国際協力機構(JICA)」のプログラムで、昨年モルドバを視察してきたワインディレクターの田邉公一氏。そんなモルドバワインには伸びしろとポテンシャルがあると田邉氏が語るその理由を、さまざまな角度からみていこう。
モルドバ共和国とは
1991年に旧ソビエト連邦から分離独立して誕生した。豊かな自然と穏やかな気候、肥沃な土壌を有し、ブドウ栽培をはじめとする農業やワイン製造が盛んな国。古代からさまざまな民族が融合したことで独自の文化がはぐくまれ、異国情緒溢れる観光地としても人気だ。
首都:キシナウ
人口:260万人
面積:3万3846㎢
言語:ルーマニア語
通貨:モルドバ・レイ(MDL)
*2024年2月現在のデータ
世界第1位を誇る
国民当たりブドウ畑面積
一般家庭でも自家消費用のワイン造りが行われているモルドバでは、ワインは国民にとって非常に身近な存在だ。一方で、近年では世界市場に向けた高品質なワインを造るワイナリーも増えている。3月に初来日した「モルドバワイン・ブドウ協会」代表のシュテファン・ヤマンディ氏によると、モルドバには現在、60の小規模生産者を含む200以上のワイナリーがあるという。モルドバの国土面積は日本の九州よりやや小さいことを考えれば、ワイナリーの密集度は驚異的だ。実際、国民100人当たりのブドウ畑面積は4ヘクタールで世界第1位。国民の4人に1人が従事するワイン関連産業は、GDPの約3.2パーセントを占める国の重要な分野である。
紀元前3000年、ダキア人によってすでにワイン造りが行われ、5000年という世界有数の歴史を持つモルドバのワイン造り。1991年に独立する前の旧ソ連時代は、ソ連で消費されるワインの5分の1がモルドバで生産され︑ブドウ畑は22万ヘクタールまで広がるなど活況を呈していた。
だが、その後のワイン産業の歩みは決して容易ではなかった。20世紀後半にはゴルバチョフ大統領(当時)による禁酒政策の煽りを受け、ワインは大量廃棄され、畑も激減。91年のソ連崩壊後も主な輸出先はロシアであったが、2006年と13年には政治的理由からロシアに2度の禁輸措置を取られるなど、翻弄され続けた。しかし、バルクワイン(*1)中心の生産から国際市場に通用するクオリティーワインへの転向や、ルーマニアを筆頭にポーランド、チェコなどEU諸国を新たな輸出先として活路を見出すなど、不屈の精神で今日のステータスを築き上げた。
*1 瓶詰めされていないワインで、主に原料として取引される
世界を目指す国際品種と個性豊かな土着品種
国土が海に面していないモルドバは、夏と冬の寒暖差が激しく、日較差も大きい典型的な大陸性気候である。標高400メートル以下のなだらかな平地が大半を占め、緯度は銘醸地ブルゴーニュやピエモンテと同程度。ワインのIGP(原産地呼称保護)は中央部コドゥル、南東部シュテファン・ヴォダ、南西部ヴァルル・ルイ・トラヤン、全域のディヴィンの四つの地域がある。ウクライナを挟み南東に広がる黒海に近付くほど温暖で赤ワインの生産が多くなり、比較的冷涼な中央内陸部は白ワインの生産が中心だ。
栽培されているブドウ品種は、国際品種が75パーセント、サペラヴィなどコーカサス地方で広く栽培されている品種が15パーセント、モルドバの土着品種が10パーセント。この比率からも、EU諸国への対外輸出を伸ばし、国際競争力を高めようとしてきた生産者たちの取り組みが汲み取れる。実際、3月26日に市ヶ谷で行われた輸入業者向け試飲商談会でも、生産者が出品していたワインの半数以上は国際品種によるものであったし、多くのブースで「まずは国際品種のクオリティーの高さを知ってもらい、そのうえで土着品種のユニークさに触れてほしい」という生産者の声が多く聞かれた。
ただ、田邉氏は「モルドバ独自の土着品種は本当に素晴らしい」と現地のワイナリー訪問の印象を語る。ヤマンディ氏も「モルドバワインならではの強みは土着品種にある」と強調するように、多種多様なワインが手に入る日本の市場においては、土着品種こそが大きな魅力に映ることは間違いない。
モルドバの土着品種は白ブドウと黒ブドウが2種ずつ。19世紀後半のフィロキセラ(*2)禍以前から存在する白のフェテアスカ・アルバは、フローラルで軽やか、フレッシュな味わいの白ワインに。フェテアスカ・レガーラはフェテアスカ・アルバとフランクシャが自然交配したブドウと推定れ、ドライでフレッシュな白ワインとなる。相性の良い料理は、日本食でいえばそれぞれ、トウモロコシの天ぷら、豚のショウガ焼きなど。
黒ブドウのフェテアスカ・ネアグラは2000年以上の栽培の歴史を持ち、ベリーの豊かな香りとフルーティーな後味が特徴で、ペアリングはウナギの蒲焼きがお勧めだ。ダキア時代から栽培されるララ・ネアグラは生き生きとして滑らかな味わいの赤ワインを生む。こちらには、ジンギスカンを合わせたい。
*2 ブドウ根アブラムシ。植物の根や葉から樹液を吸い、枯らせる害虫。1800年代後半にアメリカから流入し、ヨーロッパのブドウ栽培に壊滅的な打撃を与えた
複雑な歴史と現状を覆す
不屈の精神と革新性
現在、とりわけ深刻な事態は、ロシアによる隣国ウクライナ侵略である。
「国内も大変厳しい時期である中、戦争開始以来、モルドバはウクライナを支援してきました。モルドバに避難した累計100万人以上の避難民のうち、今もなお人口の約3パーセントにあたる10万人以上を受け入れています」と、ヤマンディ氏。厳しい経済状況にあるモルドバにとって、避難民受け入れの負担は想像に難くない。そんな中、2023年12月、欧州理事会がモルドバ共和国のEU加盟交渉を開始したというニュースは記憶に新しい。
不安定な状況下にある同国だが、一連のモルドバワイン関係者招へいプログラムを担当するJICAの西原遼将氏は、ワイン産業に希望の光を見出す。
「モルドバワインはこの10年、国際コンクールで数多く賞をとってきました。日本ではまだあまり知られていませんが、今ではヨーロッパをはじめ各国で認知されています。モルドバのワイナリーも日本市場には大変関心があるので、次の10年では美味しいワインを通じて同国を多くの人に知ってもらいたいです」
また、IT分野で急成長を続ける同国は、AIによるワイン造りやワインツーリズムでプロモーションを行うなど、伸びゆくIT産業と伝統的なワイン産業という一見異なる産業分野を結び付けた、世界でも類を見ない試みにも意欲的だ。イノベーティヴで進取の気性に富んだ一面も見せる。
日本に住む私たちにとってより身近なニュースは「一般社団法人ワイン・オブ・モルドバ・ジャパン」が設立されたことだ。代表理事に就任したモルドバ出身の遠藤エレナさんは、設立挨拶で「先祖代々ワイン造りを行ってきた私たちモルドバの人々には︑ワインの血が流れているのです」と話した。
ワイン産業がモルドバの未来にとってひと筋の光となるよう、複雑な歴史と現状を少しでも知り、未知なる魅力と可能性に満ちたモルドバワインを大いに楽しみたい。
「ワイン・オブ・モルドバ・ジャパン」新たに設立
今年4月、「ワイン・オブ・モルドバ・ジャパン」が設立され、3月29日に発表記者会見が開かれた。同団体は日本におけるモルドバワインのプロモーション、輸出促進を目的とし、モルドバワインの情報発信、PRキャンペーンの実施、現地生産者と日本のインポーターとのビジネスマッチングなどを予定している。今後の詳しい活動内容は、公式サイトで順次公開される。モルドバ出身で、これまでもモルドバワインの普及に尽力してきた代表理事の遠藤エレナさんは「日本市場には現地
の生産者も注目している」と日本市場でのモルドバワインの展開に期待を示した。
記者会見後にはレセプションを開催。7生産者がインポーターとともにブースを構え、ゲストはモルドバの郷土料理である「サルマーレ」などに合わせ、赤、白、スパークリングとさまざまなモルドバワインを楽しんだ。
田邉公一氏が見た!
モルドバワインのある風景
問い合わせ先:独立行政法人国際協力機構(JICA)中東・欧州部ウクライナ支援室
TEL. 03-5226-6846
text by Ryo TAMURA
photographs by Shoichi NOSE