メゾンのトップキュヴェであり、‟シャンパーニュの最高峰”の一つが『ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム』だ。セラーマスターのディディエ・マリオッティ氏が新ヴィンテージの『ラ・グランダム 2018』を携えて来日。この美しいキュヴェの秘密について語ってくれた。
text by Kimiko ANZAI

「ヴ―ヴ・クリコ」セラーマスターのディディエ・マリオッティ氏。1971年ローザンヌでワイン造りを営む家庭に生まれる。INSAIA(国立高等農学院)を卒業、フード&ドリンクエンジニアリングで学位を取得。モエ・エ・シャンドンなどで研鑽を積み、有名メゾンで活躍。2019年9月、ヴ―ヴ・クリコ11代目のセラーマスターに就任
菩提樹やバラ、アンズや砂糖菓子を思わせる華やかで魅惑的な香り。グラスを回すと、ハーブやナッツ、ハチミツ、ブリオッシュのアロマが次々と顔を覗かせる。ふっくらとした果実味には繊細な酸が溶け込み、そのバランスも秀逸。「ヴーヴ・クリコ」らしい華麗な世界観を感じさせる。品種構成はピノ・ノワールが90パーセント、シャルドネ10パーセント。セラーマスターのディディエ・マリオッティ氏はこう語る。
「ピノ・ノワールは長らくメゾンがヴーヴ・クリコらしくあるために大切にしてきた品種。いろいろな表情を見せてくれるのが魅力です」
マリオッティ氏によれば、2018年という年は「簡単ではなかったが総じて順調な年」で、最終的には‟パーフェクトコンディション”のブドウが収穫できたという。
「冬は雨が多く、春は穏やかでしたが、夏は酷暑で大変でした。ですが、冬に降った雨のおかげで、ブドウは土中からしっかり水分を得ることができました。暑い年だったので収穫は8月23日と早い時期に始まりましたが、果実味と酸味のバランスが取れた味わいのブドウを収穫することができました。‟ハッピー”な年でしたね(笑)」
『ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム2018』
フランス、シャンパーニュ地方。ピノ・ノワール90パーセント、シャルドネ10パーセント。ドザージュ6g/ℓ。ライムや柚子、リンゴ、洋梨の香り。フローラルで心地よいアロマ。ショウガや焼き菓子のニュアンスも。豊かな果実味と繊細な酸が美しく溶け合う。「地元で取れた新鮮な旬の野菜と‟ガーデン・ガストロノミー”を楽しむのもいいと思います」とマリオッティ氏
750㎖ 2万9370円(ギフトボックス付き)
とはいえ、セラーマスターにとって大変なのはここから。村別、畑の区画別、品種別に醸造した500~600種のワインをチーム全員でテイスティングしていくのだ。その際、試飲の指針として確認しなくてはいけないことが3つあるという。
「まずは‟ストラクチャー”。ブランドの背骨となり得る垂直性とエネルギーがあるかを判断します。偉大なワインには真っすぐに伸びるヴァーティカリティーが必要なのです。2番目は‟テクスチャー”。口に含んだ時の広がりやまろやかさを確認します。これにより、ブレンドの指標が見えてきます。そして3番目は‟ポジティブで魅力的な苦味”。シャンパーニュにとって軽やかな苦味は不可欠です。これによって長い余韻が維持されます」
もちろん、これらのテイスティングはラ・グランダムだけのものではなく、フラッグシップであるイエローラベルやヴィンテージも含んでのもの。この膨大な数のテイスティングを繰り返し、どのワインがラ・グランダムにふさわしいのか、細やかに選んでいくという。マリオッティ氏によれば6月に4回目のテイスティングを行い、そこでようやくそれぞれのキュヴェのブレンド比率を考えるという。なんとも気が遠くなるような地道な作業だ。
また、マリオッティ氏はこんな‟秘密”も教えてくれた。ヴーヴ・クリコは今までマロラクティック発酵を行っていなかったが、2018年よりペルテュの醸造所でシャルドネを、ヴェルジーの醸造所でピノ・ノワールを、一部マロラクティック発酵をしているという。
「そうすることで同じ畑のブドウでも異なる酸味に仕上がり、ワインの選択肢が増やせる。ブレンドにおいてもアクセントが付けられると考えています」
さらにマリオッティ氏は続ける。
「近年、温暖化が進んだせいか、すっきりした味わいが好まれるようになりました。世間では『ドザージュは低いほうがいい』と思われる傾向にあります。いわば、ドザージュをすることによってワインの欠点が隠されると思われているのです。ですが、それは違います。ドザージュは、料理人にとっての塩とコショウのようなもの。どのタイミングでその素材(ワイン)をどう生かすかを決める大切なものと私は考えています」
マリオッティ氏の話を聞いていると、ラ・グランダム 2018は実に緻密な設計図と計算によって造られているのだと、今さらながら納得させられる。
なにより、ラ・グランダム 2018の素晴らしさは華やかな存在感を示しながらも、ガストロノミーにおいては常に料理に対して寛容で、自然に寄り添うことだろう。素材が生かされた一皿を、より美味しく楽しませてくれること。おそらくはそれが、ラ・グランダム 2018の本質に違いない。

広大なブドウ畑ではサステイナブルを推進。自然との共存がメゾンの理念の一つでもある