フランス・シャンパーニュ地方南部、オーブ県セル・シュル・ウルス村に拠点を置く「メゾン・トマ・シュルラン」が、今春、満を持して新ブランド「シャンパーニュ・ヴォセル(Vaucelle)」をリリースした。1822年から6世代にわたってブドウ栽培を続けてきた名門シュルラン家の当主、トマ・シュルラン氏が自身の哲学を体現すべく立ち上げたプレミアムラインだ。

「シャンパーニュ・ヴォセル」のレコルタン・マニュピュランとしての歴史は、トマ・シュルラン氏の祖父であるレイモン・シュルラン氏が1960年に「シャンパーニュ・シュルラン・ダンジャン」を設立したことに始まる。その後、99年にトマ氏がドメーヌを継承。彼は、祖父から父へと受け継がれてきた伝統的なスタイルを守り続ける一方で、自らのシャンパーニュ哲学を具現化する新たな表現方法を模索していた。
「シュルラン・ダンジャンは、フルーティーさを大切にした、長年愛されてきたスタイル。その伝統は尊重し続けたい。しかし、私自身はコート・デ・バールの多様なテロワール、特に区画ごとの個性をより鮮明に映し出すシャンパーニュを造りたいという強い想いを抱いていた」とトマ氏は語る。その想いが結実したのが、新ブランド「ヴォセル」である。
「ヴォセル」とは古いシャンパーニュ方言で「小さな谷」あるいは「小区画」を意味する。この名称は、ウルス川、セーヌ川、アルス川、レーニュ川、サルス川の5つの谷が交差するこの土地の地形的特徴を表すとともに、区画ごとの個性を大切にするメゾンの姿勢を象徴している。
メゾンの自社畑は30ha。主要品種のピノ・ノワール、シャルドネ、そしてシャンパーニュでは「ブラン・ヴレ」と呼ばれる稀少なピノ・ブランを栽培している。
HVE(環境価値重視)レベル3とVDC(シャンパーニュの持続可能なブドウ栽培)の認証を取得し、有機的なアプローチによる栽培を実践している。

トマ氏の醸造哲学は明快だ。「私は自分自身の姿と哲学を反映したシャンパーニュを造りたい。モットーは、私たちのテロワールを生かした本物のシャンパーニュを造ること」だと語る。
手摘み収穫後、区画ごと、品種ごとにプレスを行い最も質の高い最初の搾汁のみを使用する。一部のキュヴェはフードル(大樽)で熟成させることでボリュームと複雑性を加える。

2025年の販売開始時点で、ヴォセルは6つの個性的なキュヴェを展開している。エントリーライン『レ・ヴァロン LES VALLONS』は、ピノ・ノワール70%、シャルドネ30%で作られたブリュットで、3つの谷の陽光あふれる斜面から収穫されたブドウを使用している。36カ月熟成。フローラルでフルーティーな複雑性と、クリーンなミネラル感が特徴。
ロゼの『ル・スショ LE SUCHOT』はピノ・ノワール100%のセニエ方式のロゼで、2.05haの同名の区画から生まれる。赤い果実のアロマと生き生きとした口当たり、お祝いの雰囲気を盛り上げる華やかさがある。
『テール・ナタル TERRE NATALE』はピノ・ノワール100%のブラン・ド・ノワールで、一部をフードルで熟成させることで、ボリュームと複雑性を得ている。修道院の伝統とこの地の強いアイデンティティを表現するキュヴェ。同じ価格帯に、純粋さと優雅さを追求した100%シャルドネのブラン・ド・ブラン『テール・ナクレTERRE NACRÉE』がある。
とりわけ注目すべきキュヴェは『テール・ド・ニュアンス TERRE DE NUANCE』だ。100%ピノ・ブラン(ブラン・ヴレ)という極めて珍しいキュヴェで、年間わずか2,000本のみの限定生産。60カ月熟成。
そしてメゾンの最高峰が『キュヴェ・デ・ザンバサドゥール CUVÉE DES AMBASSADEURS』。ピノ・ノワール80%、シャルドネ20%のプレステージュキュヴェで、72カ月の長期熟成。柑橘類の香りとミネラル感あふれる豊かな味わいを実現している。パリの各国大使館でも愛飲されるこのシャンパーニュは、優れた年にのみ生産される。現地価格は69ユーロ。
メゾン・トマ・シュルランはこれまで、販売の70%を個人消費者向け直販に依存していただが、市場環境の変化を受け、新ブランドヴォセルではホテル、レストラン、ワイン専門店など伝統的流通チャネルと輸出市場へシフト転換を図っている。これに合わせて、特に国際展開を加速させするために、シャンパーニュ・ドラピエで10年の経験を持つジェレミー・ボヴィ氏を販売担当コマーシャルディレクターとして迎えた。現在ヴォセル・ブランドの年間生産量は15万本。家族経営、独立メゾンとしての強みと伝統と革新のバランスを保ちながら、新ブランド「ヴォセル」の成長を目指すトマ・シュルラン氏の活動はレコルタン・マニュピュランの今後の行方を見るうえで大いに注目される。

ドメーヌの地下に広がる美しいカーヴは1152年にシトー派の聖人、サン・ベルナールによって築かれたという場所で、かつて近隣の修道院の貯蔵庫として使われていた歴史を持つ

「それぞれの区画が持つ個性をひとつの大きなタンクで混ぜ合わせてしまうのは勿体ない。我々は、その個性を尊重し、別々に圧搾・醸造することで、最終的なアッサンブラージュに複雑さと深みをもたらす」。そう語るトマ氏の言葉を裏付けるように、醸造所(キュヴリー)には4000kgと8000kgのサイズの異なる圧搾機や、容量の違うステンレス槽が機能的に配置されている

