ボルドーのシャトーは何を変えたのか――― 除葉の否定から、12のAOCが認めた灌漑まで
「40年前、諸先輩から教わった『優れた栽培家』の条件は、今ではすべて間違った行為になってしまいました」。メドックの格付けシャトーを訪れた際、初老の栽培責任者が自嘲気味に語った言葉が忘れられない。1980〜90年代、ボルドーの夏における絶対の正義は、ブドウの房の周りの葉を丁寧に摘み取る「除葉」だった。少しでも多くの太陽光を果実に当て、風通しを良くしてカビを防ぎ、未熟な青さを取り除く。それが偉大なワインへの唯一の道だと信じられていた。しかし5度の熱波が畑を焼いた2026年、夏に除葉を行うシャトーは皆無だ。この8月、テレビの取材に応じたある栽培家は「今年は除葉を最小限にした。葉を残して房に自然な日陰をつくるためだ」と説明していた。かつて「日照を浴びせるための技術」だったブドウ樹の管理は、いまや「いかにして直射日光から果実を守るか」という日傘の役割へと完全に逆転している。
サンテミリオンのシャトー・シュヴァル・ブランの畑を歩くと、ブドウの仕立て方の変化に目を見張る。彼らはあえて樹冠を高く伸ばし、葉を鬱蒼と茂らせている。この豊かな葉のパラソルが、日焼けから果粒を物理的に守っているのだ。さらに列の間の地面に草をそのまま残す、あるいは刈り取った草で土壌を覆う「マルチング」を徹底している。剥き出しの土壌は直射日光でフライパンのように熱せられ地中の水分を奪うが、草で覆われた土壌は温度が数度低く保たれ、貴重な水分を地中に留めることができる。マルゴーのシャトー・パルメでは、長年取り組んできたビオディナミがこの異常気象下で真価を発揮している。化学肥料で促成栽培された樹と違い、地中深くへと根を伸ばしたブドウ樹は自ら水分を探し当てる能力が高い、というのが彼らの一貫した主張だ。この夏、現場で繰り返し語られたのも同じことだった――「持ちこたえたのは、根がしっかり張った樹齢20年以上の古い樹だ」。

地中の水分を守る「緑のじゅうたん」。むき出しの土壌を避け、草で覆うことで地表を冷やし、酷暑下でのブドウの渇きを和らげる
ポイヤックのシャトー・ポンテ・カネや、サン・テステフのシャトー・モンローズはさらに踏み込む。モンローズはドローンによるマルチスペクトル撮影で畑のどの区画が最も深刻な水ストレスに陥っているかを可視化し、樹の主幹に差し込んだセンサーで樹液の流れから「ブドウ樹の喉の渇き」を科学的に捉える。区画ごとの明暗が極端に分かれた今年、この計測がそのまま収穫判断の精度に直結した。3週間早い区画と、成熟が止まったままの区画が同じ所有地の中に併存するとき、頼れるのは伝統的な暦ではなくデータだからである。ペサック・レオニャンのシャトー・スミス・オー・ラフィットなどでは、畑の中に別の樹木を点在させるアグロフォレストリー(混農林業)を進めて微気候を整え、畑全体の温度をわずかに下げている。
そして今年、ボルドー最大の禁忌が破られた。灌漑である。INAO(国立原産地・品質研究所)は7月半ばまでに、実に12ものボルドーのAOCに対し、灌漑禁止規定の適用除外を認めた。カノン・フロンサック、フロンサック、グラーヴ、マルゴー、ムーリス、ポイヤック、ペサック・レオニャン、ポムロール、サンテミリオン、サンテミリオン・グラン・クリュ、サン・テステフ、サン・ジュリアン――世界で最も名高い産地の名が並ぶ。特例が発動されたのは6月23日、前年の8月25日より2か月も早い。有効期限は9月15日まで、散水の48時間前に管理団体への届け出が必要で、ポムロールでは過去の乱用への反省から対象を樹齢10年未満の若木に限った。老樹は自力で耐えろ、ということである。それでもポムロールで灌漑を行った生産者は2022年の3軒、2025年の7軒から、今年は20軒に増えた。サン・テステフのある栽培責任者は「1998年からこの仕事をしているが、こんなことは初めてだ」と語り、既存の井戸から1株あたり5リットルの水を週1回、2000株に与えるのに2日かかると嘆いた。1ヘクタール1回あたりの費用はおよそ1500ユーロ。貯水池は整備されておらず、水は農家だけのものではないという反発も根強い。それでも、この夏ボルドーは「灌漑をするかどうか」の議論から「どう水を確保し、誰と分け合うか」の議論へと、後戻りできない一歩を踏み出した。

過酷な水ストレスと熱波は果実の成熟スピードや酸の維持に大きな影響を及ぼす
制度の限界に、先に見切りをつけた造り手もいる。ポムロールのシャトー・ラフルールは2025年ヴィンテージから、ポムロールAOCとボルドーAOCの双方を返上し、自社6銘柄すべてを制度上もっとも底辺の分類「ヴァン・ド・フランス」として出す決断を下した。加速する気候変動に灌漑、防霜・遮光ネット、植栽密度、品種選択で精緻かつ機動的に向き合うことが、現行のAOC規定では不可能だというのが理由だ。今年ラフルールは6月上旬から7月にかけて3度の灌漑を実施している。ポムロールの土壌の上に、ポムロールを名乗らないワインが生まれる――AOCという制度がテロワールの表現を守るのではなく妨げているのではないかという問いは、12のAOCが自ら例外を求めた今年、いよいよ避けられないものになった。
7月下旬の一週間、ジロンドの生産者たちが行っていたのは栽培でも醸造でもなかった。畑の散布用タンクに水を張って火災現場へ送り、さらにポンプを提供し、避難者にシャトーの建物を開放し、義援金を集めた。100人を超える栽培家と仲買人が自前のトラクターを消火活動に差し出している。ワイン産地の共同体が、そのまま地域防災の実働部隊になったのである。ソーテルヌのシャトー・ギローのような貴腐ワインの造り手にとっても、この夏は死活問題だ。貴腐菌の活動に不可欠な朝霧と適度な湿度をいかに保つか、ビオディナミとブドウ樹の管理を極限まで突き詰めている。「昔は、ブドウが熟さないことだけが恐怖だった。今は、熟しすぎること、酸が下がり緊張感を失うことが最大の恐怖だ」。1980〜90年代に世界を席巻した濃厚で樽香の強い「パーカースタイル」は、今やこの熱波によって意図せず簡単に達成できてしまう。だからこそ偉大なシャトーが血眼で追い求めているのは、いかにしてワインにエレガンスとフレッシュな酸を残すかという、その逆の挑戦である。
2026ヴィンテージは未来を映す鏡である――― 揺らぐAOC、しぼむ市場、そして2050年へ
収穫が始まった今、ボルドーは過去40年間に経験したどの時代とも違う、決定的な分岐点に立っている。6月時点では、これを主として気候変動に関する自然科学の問題だと考えていた。しかし8月半ばのいま、それが同時に、制度の問題であり、経済の問題であることがはっきりしてきた。
かつてボルドーの赤ワインは、左岸のカベルネ・ソーヴィニヨンと右岸のメルローという二大品種のブレンド比率によって個性が語られてきた。特に早熟で豊かな果実味をもたらすメルローはボルドーの屋台骨だった。しかし、糖度が上がりやすく酸が落ちやすいこの品種は、近年の猛暑下でアルコール度数が15%を容易に超え、この気候における最も脆弱な品種になりつつある。今年、右岸のメルローが8月12日から22日という、かつて誰も見たことのない日程で摘まれたことは象徴的だ。2021年、INAOは気候適応を目的にボルドーでの新品種導入を承認した。赤4品種(アリナルノア、カステ、マルスラン、トゥーリガ・ナシオナル)と白2品種だが、対象はAOCボルドーとボルドー・シュペリユールに限られ、最終ブレンドに占める比率も上限10%の実験的導入にとどまる。メドックの格付けシャトーやポムロールで、これらの品種の使用が認められているわけではなく、直ちに救われるわけではない。この制度対応の遅さこそが、シャトー・ラフルールのAOC離脱を生んだともいえる。品種の議論が20年先を見据えたものであるのに対し、灌漑は6月に答えを出さねばならない問題だった。「ボルドーのアイデンティティとは、特定の品種のことではない。複数の品種を調和させるアサンブラージュの芸術そのものなのだ」という業界の声明は、裏を返せば、伝統的な品種構成にはもう固執できないという宣言でもある。だが2026年が突きつけているのは、その先の問いだ。――伝統的な栽培規定に固執して生き延びられるのか。

需要減退と気候変動の影響を受け、進められるブドウ樹の引き抜き(Arrachage)作業。ボルドーの栽培面積は急速に縮小している
気候の危機は、まったく別種の危機と同時進行していることを見逃してはならない。ボルドーワインの消費は落ち込み、若い世代のワイン離れ、新興ワイン産地との競争、そこに米国の関税が重なった。2026年2月までの1年間で、ボルドーワインの輸出は数量で8%、金額で9%減り、コロナ禍を除けば2016年以来はじめて、輸出金額は20億ユーロを割り込んだ。
ブドウ樹の引き抜きも続く。ジロンドの栽培面積は2023年産の10万8965ヘクタールから2024年産10万394ヘクタール、2025年産9万1450ヘクタールへと2年間で1万7515ヘクタール、つまり16%が消えた。今年はさらに1万ヘクタール規模が抜かれる見込みで、8万6000ヘクタール前後まで縮む。業界内では経営難に陥った生産者が6割に達するという数字さえ囁かれる。引き抜かれた土地を買い取って転作を支援する「フォンシエール・ダヴニール(未来の土地会社)」には430人が事前申請し、4400ヘクタールが売りに出された。ワイン経済学者ジャン=マリー・カルドバは「あらゆる危機をひとつの産地に集めるとボルドーになる」と批評している。
そこへさらに追い打ちをかけたのが大規模な森林火災だ。ジロンドの観光客数は、火災発生から8月半ばまでで前年比およそ半減した。ワインツーリズムは数少ない成長分野だっただけに打撃は大きい。気候変動の議論はしばしば「偉大なワインが造れるか」という問題意識で語られるが、ジロンドの現場ではそれは「畑を持ち続け、生きていけるのか」という生存の問題と分かちがたく結びついている。
収穫量の見通しはいまだに霧の中だ。ジロンド県農業会議所は、歴史的な低収量だった昨年をさらに下回る可能性が高いとの見解を示している。雨が房を膨らませなかった以上、量が細ることは確実で、CIVB会長ベルナール・ファルジュ氏も「少量になるが、衛生状態は完璧で、質的には非常に美しいものになる」と語る。ただし数字が出るのは、多くのワインがタンクの中で発酵を終えたあとである。

手摘みで収穫されたブドウをケースへ移す作業風景。酷暑下の収穫では、果実の傷みや発酵の始まりを防ぐため、迅速かつ丁寧な運搬が求められる
ボルドー大学ISVVがシミュレーションする25年後、2050年のシナリオは衝撃的だ。もし現在のペースで気候の極端化が進めば、21世紀半ばのボルドーの気候はかつての南仏ラングドックに近づくという。ジロンドの平均気温は、この30年ですでに1.5℃上昇している。ここでワイン界で囁かれる「ブルゴーニュ化」という仮説に触れておきたい。ピノ・ノワールへの品種転換という意味ではなく、これまで「アペラシオン全体の均一なスタイル」で語られてきたボルドーが、今後はブルゴーニュのクリマのように「ミクロな畑区画の差異」によってしかクオリティを担保できなくなる、という意味だ。2026年はこの仮説を残酷なまでに裏づけた。保水性の高い粘土質の区画と乾燥の直撃を受けた砂利質の区画、ブドウ樹を茂らせていた畑と旧来の除葉を続けていた畑、水利権を持つシャトーと持たないシャトー、老樹の区画と若木の区画、そして松林からの距離――同じシャトーの中でさえ、区画ごとの優劣が容赦なく露わになった。これからの消費者は、シャトーのブランドだけでなく、より細分化された条件を注視することになるだろう。同時にこの変化は、日本市場をはじめ世界のワイン愛好家にも価値観の転換を迫る。アルコール度数が高く濃密でパワフルなワインを「偉大」と評した2000年代初頭までの評価基準は、完全に過去のものとなった。
もはや優れたヴィンテージとは、暑い年ではない。ゆっくり成熟した年である。2026年のボルドーは、そのどちらでもない年として記憶されるだろう。8月に摘まれ、灌漑され、火に囲まれ、それでも摘み取ることのできた年として。後々この年を振り返るとき、それが例外だったのか、それとも新しい常態の始まりだったのか――答えはおそらく、私たちが望むより早く出る。

