昨秋東京で行われた試飲会「ユニオン・デ・グラン・クリュ・ド・ボルドー」では、来日したボルドーの格付けシャトーの生産者たちが「2018年は2016年以上のビックヴィンテージになるかもしれない」と口をそろえて語っていたのが印象的だった。そんな18年ヴィンテージへの期待を胸にフランスへ飛んだ。4月の18年ヴィンテージのプリムール・テイスティングに参加するためである。

 「プリムール」とは「新酒」の意味で、ボルドーでは毎年春に、ワイン商や輸入業者、ジャーナリストを対象に、前年に収穫されたブドウから造られる瓶詰め前のワインのテイスティングが行われる。その評価が各シャトーのワイン市場価格に影響を与えることになるのだ。

 「良いワインは良いブドウから」と言われるが、ヴィンテージの個性を左右するのは、ブドウが育ったその年の気候が要因となる。参加したセミナーではまず、18年の気象条件やブドウの出来についてボルドー大学の研究チームから説明があった。2017年は地域により霜の被害が拡大したが、2018年ヴィンテージは、「降雨量が多かった前半と、乾燥した時期が長く続いた後半の対照的な気候から、特別なヴィンテージだった」と分析している。

 1月は平年を上回る雨量、2月になると気温が下がり、発芽は例年より遅くなった。4月の気温の上昇でブドウの生育は順調に進み、5月下旬には開花したが、一変してジロンド県南部やブライやブーグ、メドックの一部やアントル・ドゥ・メールでは「雹」に見舞われ、コート・ド・ブールでは2500ヘクタールが打撃を受けた。5月、6月と雨が多く、6月半ばから今度は「ベト病」の被害が広がり、7月前半まで生産者たちを苦しめたのである。雹やベト病の影響は余りにも大きく、収量を大幅に減少させた生産者もある。

 例えば「シャトー・ギロー」や、「シャトー・ラ・ラギュンヌ」では、18年ヴィンテージを生産することができなかった。プリムールに先駆けて、「シャトー・マラルティック・ラグラヴィエール」で開催されたジャーナリスト向けのユニオン・デ・グラン・クリュ・ド・ボルドー(UGCB)主催の夕食会では、UGCBの会長である「シャトー・クリネ」のロナン・ラボルド氏から、こうした状況の中でもメンバーであるこれらのシャトーがディナーに参加してくれたことに対し、敬意を表した。

画像1: ボルドープリムール2018年リポート。毎年4月に行われるボルドープリムールリポートの第2弾。

 気候に話を戻すと、後半には一転する。7月半ばから8月にかけては日照に恵まれ、気温は平年を上回り、病害の懸念は払拭された。7月は2003年には及ばなかったものの、1954年以来の高温を記録。乾燥した気候が9月まで続き、7月後半すでに色付き始めたブドウは、ゆっくりと均等に成熟した。9月の気候は60年来最も日照に恵まれた年となった。気温の寒暖差が、アロマやアントシアニンの合成を進め、これがワインに果実味のあるアフターテイストを与えることとなり、総じて健全で衛生的な状態のブドウを収穫することができた。

 メルロは9月から収穫を開始、カベルネ・ソーヴィニヨンは10月も小春日和が続き最高の衛生状態で熟成を迎えた。黒ブドウは糖分が高く、色素成分は濃縮し、種は熟した。メルロはアロマに満ち、特にメドックのメルロは成功した年だった。カベルネ・ソーヴィニヨンもしっかりと色付き、フレーバーが十分に備わり、例年に比べてメルロとカベルネ・ソーヴィニヨンとの差が少ないことも18年ヴィンテージの特徴だと言われている。

 「シャトー・バタイエ」で開催されたサン・テステフとポイヤックのテイスティングでは、ワインは全般的に濃い色合いで、タンニンに収斂性を感じることがなくしなやかな印象だった。それは特にサン・テステフについて顕著であった。通常、ポイヤックに比べてサン・テステフには土っぽさのような、ともすれば少し荒々しいタッチが感じられることもあるが、18年ヴィンテージについては全くそれがない。赤や黒の果実の芳香を放ち、程良いタンニンの心地良いワインに仕上がっている。

 ボルドー大学でも「メドック北部が恵まれなかった15年ヴィンテージなどと比べると、サン・テステフ、ポイヤック、サン・ジュリアン、マルゴーの四つのアペラシオンの差が少ないのも18年の特徴」とコメントしている。「シャトー・コス・ラボリ」、「シャトー・ラフォン・ロシェ」などの格付けシャトーに加え、クリュ・ブルジョワの「シャトー・オルム・ド・ペズ」などはスムーズな味わいで、高レベルのワインが多く見られた。

画像2: ボルドープリムール2018年リポート。毎年4月に行われるボルドープリムールリポートの第2弾。

 サンテミリオンでは、その頂点の一角をなす「シャトー・アンジェリュス」の18年ヴィンテージは、メルロが65パーセント、カベルネ・フランが35パーセントという構成。酸味を備えた見事なメルロを収穫することができたと言う。広報のマリオン・ミレールさんによると、「ベト病により収量は15パーセントほど減少した。例年よりブドウの面倒に時間を割き、栽培チームにとっては多くの努力を強いられるヴィンテージだった」と振り返る。外観、色調は強めだが、タンニンのキメは細かく実にシルキーで、今からでも十分に愉しめるワインだ。軽やかでしなやかなアンジェリュスという印象を受けた。現在ビオロジック農法に取り組み、2021年にはオーガニックに転換する予定だという。

 貴腐ワインについては、17年の「グレートヴィンテージ」に対し、18年は「成功した年」という評価だ。「シャトー・ド・レイヌ・ヴィニョー」でのテイスティングではソーテルヌとバルサックのアペラシオンのボトルがずらりと並んだ。純粋で果実味の豊かな味わいが特徴で、メロンや白桃などのニュアンスが感じられるタイプが多かったが、それでも酸味やフレッシュさをきちんと表現できた優れた生産者も見られた。

 秋は乾燥した気候が続いたため、貴腐ワインに必要なボトリティス菌の付着が遅れたが、ようやく10月半ば、降雨を観測してから条件が整い、11月初めまで収穫が行われた。レーニュ・ヴィニョーの支配人、ヴァンサン・ラベルジェール氏は「乾燥続きだったので、われわれは辛抱強く雨を待った。9日間ほどの短期間での収穫を強いられた年だった」と18年を振り返る。味わいについては「白い果肉を持つフルーツを主体に、とても味わい深く食欲をそそるヴィンテージ」とコメントしている。

 前半の降雨や病害により非常に難しかったボルドーの18年となったが、総体的には満足できる結果と言えるだろう。しかし一部のシャトーでは生産量が著しく減ったことも忘れてはなるまい。収穫時の天候が収穫のタイミングに幅を与え、そこに生産者の意図が反映されている。また「天候だけではなく、造り手のワインのスタイルにも差異が見られるヴィンテージ」とボルドー大学は語っているが、今後どんなワインに成長するかが実に楽しみなヴィンテージなのだ。

画像: レーニュ・ヴィニョーの支配人、ヴァンサン・ラベルジェール氏

レーニュ・ヴィニョーの支配人、ヴァンサン・ラベルジェール氏

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