2024年5月19日、シャブリの名門ドメーヌ・ウィリアム・フェーヴルで、オーガニック認証後初の2023年産を紹介する試飲会が開催された。この試飲会には、2024年1月に、フランソワ・ピノー・グループからドメーヌ・ウィリアム・フェーヴルを買収したドメーヌ・バロン・ド・ロスチャイルド・ラフィットの当主サスキア・ド・ロスチャイルド氏がボルドーから駆けつけ同席した。
2023年ヴィンテージ:試練を乗り越えた“予想外”のミレジム
ディレクターとして引き続きドメーヌを率いるディディエ・セギエ氏は、2023年産について「予想外のミレジム、まさにドラマティックな年だった」と振り返る。
穏やかな冬の後、4月の遅霜の脅威は幸いにも被害なく乗り越えることができた。しかし、初夏は試練の連続となった。6月から7月にかけては湿度が高く、*べと病の圧力が非常に高まった。夏の雨はボトリティス(灰色かび病)のリスクも高め、一時は21年の悪夢が頭をよぎったという。しかし、8月20日頃から状況は一変した。猛烈な暑さと乾燥が続き、気温は連日38~40℃に達する猛暑となった。この熱波と乾燥した天候が救世主となり、ボトリティスの進行を止め、ブドウの熟度を一気に引き上げた。
収穫は9月7日に開始された。高温からブドウを守るため、収穫は日の出と共に始まり、気温が上がる午後1時には中断するという細心の注意が払われた。収穫量は18年に匹敵する「寛大な」ものとなり、一部の区画では50-65hl/haに達した。
セギエ氏は「このヴィンテージの最大の挑戦は、豊かな成熟度の中でいかにフレッシュさを保つかだった。収穫のタイミングが1日違うだけで、ワインの表情は全く異なったものになっただろう」と、その微妙な判断の重要性を強調した。
「我々は06年からオーガニック栽培を実践してきたが、この難しい23年が認証を取得した最初のヴィンテージだ」と振り返り、その意義を語った。
*露菌病ともいう。カビの一種である植物病原菌によって引き起こされる病気の総称

ウィリアム・フェーヴルのゲストルームで、ディディエ・セギエ氏が2023年産、14本を紹介した
2023年ヴィンテージ試飲:テロワールの個性が際立つラインナップ
試飲会では、シャブリ・ドメーヌからグラン・クリュまで、2023年ヴィンテージの全貌が披露された。夏の熱波により高まった熟度がもたらす豊満でリッチな果実味と、収穫タイミングの的確な判断により保たれたシャブリらしい緊張感とミネラル感が見事に調和していた。
シャブリ ドメーヌ 2023年 (Chablis Domaine 2023) 15/20
ドメーヌが所有する38ha、約50区画のブレンド。レモンやグレープフルーツなどのフレッシュな柑橘系アロマが主体で、白い花や濡れた小石のニュアンスが重なる。23年らしい熟した果実のボリューム感がありながら、しっかりとした酸の背骨が通っており、フィニッシュにかけて心地よい塩味とミネラル感が現れる。ミレジームの特徴とシャブリらしさが両立した、質の高いシャブリ。
プルミエ・クリュ・ボーロワ ドメーヌ 2023年 (1er Cru Beauroy Domaine 2023) 15.5/20
左岸に位置する比較的冷涼なクリュ。粘土質が豊かで、洋ナシや黄リンゴのアロマにハーブやスパイスのニュアンスが加わる。滑らかなテクスチャーとリッチで充実した味わいが特徴。
プルミエ・クリュ・モンマン ドメーヌ 2023年(1er Cru Montmains Domaine2023) 16/20
左岸を代表するクリュの一つ。*キンメリジャン石灰岩が強く表れる土壌で、厳格でミネラル主体のスタイル。火打石や砕いた貝殻、柑橘類の皮の香りが支配的で、直線的な酸が際立つ。
*シャブリ地方で見られる、約1億5000万年前のジュラ紀後期の地層に由来する石灰岩質で貝殻化石を含む土壌
プルミエ・クリュ・ヴァイヨン ドメーヌ 2023年(1er Cru Vaillons Domaine2023) 16/20
南東向きの斜面が太陽の恩恵を受け、成熟が早い土地。2023年に最初に収穫を行った畑。白い花や熟した白桃、メロンのような甘く華やかなアロマが広がり、柔らかくふくよかな果実味が魅力的。

シャブリの中心にウィリアム・フェーヴル氏の旧邸宅と広い庭園、醸造所がある
プルミエ・クリュ・リス ドメーヌ 2023年(1er Cru Lys Domaine 2023) 16.5/20
ヴァイヨン渓谷の奥、北向きの冷涼な斜面に位置する特別な区画。ミントや湿った石のような清らかで冷涼なアロマ、クリスタルのような純粋さと透明感を持つ、極めて繊細でミネラルなワイン。
プルミエ・クリュ・フルショーム ドメーヌ 2023年(1er Cru Fourchaume Domaine 2023) 17/20
右岸に位置し、グラン・クリュの丘の延長線上にある。パワフルで肉厚、凝縮した果実味と豊かでまろやかな舌触りが特徴。
プルミエ・クリュ・モンテ・ド・トネール ドメーヌ 2023年(1er Cru Montée de Tonnerre Domaine 2023) 17/20
右岸のグラン・クリュに隣接する最高のプルミエ・クリュ。グラン・クリュを彷彿とさせるスケール感と品格を持ち、火打石、レモン、白桃、スパイスのニュアンスが層をなす複雑な香り。
プルミエ・クリュ・ヴォロラン ドメーヌ 2023年(1er Cru Vaulorent Domaine 2023) 17.5/20
グラン・クリュ「レ・プルーズ」に隣接するプルミエ・クリュ。力強さと厳格さを兼ね備え、石灰岩やヨードのニュアンスが強い、非常に構造のしっかりしたワイン。

新しいラベルに刷新した2023年産。ドメーヌボトルを表す、緑のシンボルマークがよく映えるデザインに
グラン・クリュ・ブーグロ ドメーヌ 2023年(Grand Cru Bougros Domaine 2023) 18/20
グラン・クリュの丘の最も西側に位置する。表土は深く粘土質が豊かで、熟した黄桃やアプリコット、ハチミツを思わせるリッチなアロマが立ち上る、豊満でパワフルなスタイル。
グラン・クリュ・ヴォーデジール ドメーヌ 2023年(Grand Cru Vaudésir Domaine 2023) 18/20
円形劇場のような急斜面に位置し、白い花やアカシア、熟した洋梨の華やかで表現力豊かな香りを持つ。豊満でありながらシルクのように滑らかなテクスチャーが魅力。
グラン・クリュ・ヴァルミュール ドメーヌ 2023年(Grand Cru Valmur Domaine 2023) 17.5/20
南北両斜面に畑が広がり、力強さと厳格な構造を持つ長期熟成型のワイン。レモンのゼストや火打石、濡れた岩のような硬質なミネラルのニュアンスが支配的。

右からディディエ・セギエ氏(ディレクター)、フランソワ・メナン氏(栽培責任者)パスカル・レイノー氏(醸造責任者)。環境に対する負荷を下げ、生物多様性を取り戻すために作られた人工的な昆虫の住処(写真右)
グラン・クリュ・レ・プルーズ ドメーヌ 2023年(Grand Cru Les Preuses Domaine 2023) 18/20
グラン・クリュの丘の最高地点に近く、フィネスとエレガンスが最大限表現されている。繊細な白い花、レモンの皮、洗練されたヨード香が複雑に絡み合う。
グラン・クリュ・ブーグロ≪コート・ド・ブーグロ≫ ドメーヌ 2023年(Grand Cru Bougros « Côte de Bouguerôts » Domaine 2023) 17.5/20
ブーグロの中でも最も急峻な区画。表土が非常に薄く、キンメリジャン石灰岩がほぼ露出しているため、極めて凝縮しミネラルが際立つワインとなっている。
グラン・クリュ・レ・クロ ドメーヌ 2023年(Grand Cru Les Clos Domaine 2023) 18.5/20
「グラン・クリュの中のグラン・クリュ」と称されるシャブリを代表するワイン。まだ固く閉じているが、白桃やレモン、火打石、スパイスの深遠なニュアンスが垣間見える。最低でも10年の熟成を要する、偉大なポテンシャルを秘めた一本。
新ラベルデザイン:伝統とテロワールの視覚化
2023年ヴィンテージから、ドメーヌ・ド・ウイリアム・フェーヴルは新しいラベルデザインを採用した。サスキア・ド・ロスチャイルド氏は新ラベルについて「ウィリアム・フェーヴルの偉大な歴史とアイデンティティに敬意を払いながら、その個性をより明確に表現したいと考えた」と語った。
新しいラベルは、伝統的な紋章とドメーヌを象徴する緑色を継承しつつ、より洗練された現代的なデザインへと生まれ変わった。これは「進化であって革命ではない」という考えのもと、長年のファンにも安心感を与える洗練されたマイナーチェンジとなっている。

左からプティ・シャブリ、シャブリ、プルミエ・クリュ、グラン・クリュの新ラベル。プルミエ・クリュとグラン・クリュのラベルは中心に畑の場所を示す簡略なイラストが描かれている(右写真)。白地はネゴシアンボトル、緑色はドメーヌボトル
最も注目すべき点は、プルミエ・クリュとグラン・クリュのラベルに、それぞれのテロワールの地形や特徴を描いたイラストが添えられている点だ。これにより、消費者はワインを手に取った瞬間から、その土地の物語を感じることができる。「何よりもまず我々はヴィニュロン(ブドウ栽培醸造家)である」という思想が、視覚的に表現されている。
また、ドメーヌものとネゴシアンものの区別も継続される。自社畑のブドウのみで造られるドメーヌものは緑色の背景、契約農家から買い付けたブドウで造られるネゴシアンものは白色の背景という伝統的な色分けが、新デザインでも踏襲されている。
新醸造所の建設と未来への投資
今回の訪問で明らかになった最も重要なプロジェクトが、新醸造所の建設計画だ。これは単なる施設の拡張ではなく、ワインの品質をさらに高め、ドメーヌの哲学を具現化するための重要なステップである。
計画の核心:完全なグラヴィティ・フロー
現在の施設は、シャブリ村内に点在する歴史的な建物を活用しており魅力的である一方、ロジスティクスや作業効率の面で限界に達していた。特に、ブドウや果汁の移動にポンプを多用せざるを得ない状況は、「ワインへの負担を最小限に抑える」という理想とは必ずしも一致していなかった。
新醸造所は、シャブリ村の出口、オーセールやポンティニー方面へ向かう道沿いに建設される。丘の斜面を利用した半地下2階建て構造により、ブドウの受け入れからプレス、醸造タンクへの移動まで、すべての工程をポンプを使わず重力のみで行うことが可能となる。上階でブドウの受け入れと選果を行い、重力によってブドウがプレス機へと送られ、プレスされた果汁はさらに下の階にある醸造タンクへと自然に流れ落ちる設計だ。

サスキア・ド・ロスチャイルド氏は、特に、この新施設がカーボンニュートラルを目指すものである点を強調した。醸造所の温度管理には地熱エネルギーを全面的に活用し、屋根にはソーラーパネルを設置して必要な電力の大部分を自給自足する。雨水を回収・ろ過して洗浄水として再利用するシステムも導入され、建築資材には地元の木材や石といった環境負荷の少ないサステイナブルな資材が積極的に使用される。
建築許可は既に取得済みで、2028年の収穫からの稼働を目指している。この計画は、ドメーヌが次の100年を見据えた、品質と環境への揺るぎないコミットメントの証といえる。

ウィリアム・フェーヴルのヴァルミュールの畑の一画に新たに作られた休憩地で、新しい醸造所の建設計画が発表された
醸造哲学の継承
ウィリアム・フェーヴルの品質を支えるのは、醸造責任者、パスカル・レイノー氏と栽培責任者、フランソワ・メナン氏を中心としたチームの揺るぎない哲学だ。ブドウはすべて手摘みで、13kgの小箱で丁寧に運ばれ、選果台で厳しく選別される。醸造は極めてシンプルで、新樽は一切使わず、平均樹齢6年以上の古樽とステンレスタンクのみで発酵・熟成を行うことで、各テロワールの純粋な個性を引き出すことに徹している。
ディレクターのディディエ・セギエ氏は1998年にシャンパーニュ・アンリオがドメーヌ・ウイリアム・フェヴルを買収した際に醸造責任者に任命され、ドメーヌ・ウィリアム・フェーヴルをシャブリのトップブランドに押し上げた輝かしい実績を持つ。彼の率いる経験豊かなチームと、ボルドー・ポイヤックのシャトー・ラフィット・ロスチャイルドを含むドメーヌ・バロン・ド・ロスチャイルド(ラフィット)を2018年に引き継いだ、サスキア・ド・ロスチャイルド氏の明確なビジョンが融合し、ドメーヌはシャブリの真髄を追求し続けることになる。サスキア氏は「私たちはこのドメーヌの管理人に過ぎない。この偉大なテロワールを健全な形で次世代に引き継ぐことが私たちの使命だ」と、その想いを静かに語った。

ヴァルミュールの畑の一画に作られたテラス。ドメーヌ・ウイリアム・フェーヴルは、1950年代後半からウィリアム・フェーヴル氏本人が先見の明を持ってを買い集めた最高の区画の畑を引き継いでいる
初のオーガニック認証を受けた2023年ヴィンテージは新たな門出を祝うにふさわしい、生命力に満ち溢れた素晴らしいワインに仕上がっている。また、テロワールの個性を映し出す新しいラベル、そして最新の環境技術を導入した新醸造所の建設など、伝統を守りながらも、時代の変化にしなやかに対応し進化を続けるドメーヌ・ウィリアム・フェーヴルは今、新たな黄金時代の幕開けを迎えたといってよいだろう。