名醸造家として数々の受賞歴に輝いた「レア・シャンパーニュ」のシェフ・ド・カーヴ(最高醸造責任者)、レジス・カミュ氏が昨年末で第一線から退き、後進にその舵取りを託した。
無限に続く優美な未来
引退式は3月21日と22日の2日間、シャンパーニュ地方ランスのトー宮殿「饗宴の間」で、最後のマスタークラスセミナーという形式で行われた。トー宮殿は、歴代のフランス国王が戴冠式の際に滞在した由緒ある場所であり、内部には貴重な宝物類が展示されている。
コロナ渦中ということで、フランスのみトー宮殿に集って開催されたが、海外向けはすべて会場からのオンライン。日本は、22日現地時間の午前7時30分(日本時間午後3時30分)から「フィリップ・ミル 東京」で執り行われた。供された『レア 2008年』はカミュ氏が“L’INFINI/無限”と形容している、現役最後のヴィンテージだった。
式には、後任のシェフ・ド・カーヴ、エミリアン・ブティヤ氏(「パイパー・エドシック」兼務)とグローバル・ブランドディレクターのモード・ラバンさんも同席。
「レア・シャンパーニュを創造するノウハウやシグネチャーの継承はエミリアン・ブティヤに、未来への鍵とレア・シャンパーニュの命運はモード・ラバンに託します」とカミュ氏は語った。
因縁の2008年ヴィンテージ
2008年の冬は温暖で雨が多く、低温だった春にも雨が降り続いた。6月半ば、開花の時期は涼しく、夏はシャンパーニュ地方の過去10年の平均気温を下回っていた。収穫したシャルドネは活発でミネラル分が豊か、ピノ・ノワールは力強いストラクチャーを備えている。
カミュ氏とブティヤ氏の出会いは08年。当時、ブティヤ氏はモンペリエ大学の3年生で農学と醸造学を学んでいた。父親はシャンパーニュ地方でブドウ栽培をしており、パイパー・エドシックにも納めていた。帰郷時、父親に同行して08年のヴァン・クレール(その年にできたばかりのスティルワイン)のテイスティングに参加した際、偉大なシェフ・ド・カーヴと対面した。その時の印象を、ブティヤ氏は「まるで大尉から気を付け!と言われているような心地だった」と振り返った。
「長熟タイプのレア 2008年をテイスティングすると、時計が進むのを忘れて、時が止まったかのように思える」と表現していたカミュ氏から、08年ヴィンテージについて問われたブティヤ氏は「色合いの中に太陽を感じる。色調はまだ若々しく、フレッシュで活発、淡い緑の陰影がある。フローラルで春らしい香り。アロマと味覚を繋いでいるのがミネラルであり、それが口中にさわやかな風を吹き込み、長い余韻を楽しませてくれる。レアには独特のテクスチャーがあり、味覚にシルキーなタッチを感じる。すべての要素が永遠に続く印象」と言葉を続けた。
カミュ氏は「アロマに春の香りがあり、レアのシグネチャーであるピュアな部分を感じる。フローラルでフルーティー、ヴァニラやフレッシュココナッツ、エキゾチックフルーツのアロマ。ミネラル分から鉱物を感じるが、これもレアの特徴といえる。生命力に溢れたアロマを長く楽しめる持続性がある。エミリアンが語ったシルキーという表現は面白いが、過去20年間を振り返って、シルキーさを最も感じるのは02年ヴィンテージ。08年は口中ではつらつさとシルキーさが互いにせめぎ合っている印象だ」と自らの最高傑作レア 2008年についてコメントし、有終の美を飾った。
2016年、東京と大阪で『レア 2002年』が披露された。それまでまだ十分な知名度がなかったレア・シャンパーニュだったが、このヴィンテージの質の高さは参加者に新鮮な驚きを与えた。これを機に、パイパー・エドシックのチームは世界中を巡り、レアの素晴らしさを伝道し続けている。
日本への造詣が深く、訪日して数多くのセミナーを開催してきた名醸造家。コロナ禍により“念願だった20回目の来日”は叶わなかったが、リタイア後にしたいこととして旅行を挙げており、日本も候補の一つに入っている。国外の往来が自由にできるようになった折には、日本での滞在を思う存分楽しんでもらいたい。
レジス・カミュ氏
フランス北部エーヌ県生まれ。生物学と生化学を学んだ後、ワイン造りに魅了され、ランスで醸造学を履修。1994年に「パイパー・エドシック」に入社、2002年にシェフ・ド・カーヴ就任、18年にプレステージ・シャンパーニュの『レア』が独立したブランドになったことでレア専任の醸造長に就任。28年間の在職中に数多くの賞を受賞した。