フランスのエペルネ市にあるシャンパーニュ大通りは「モエ・エ・シャンドン」「ポル・ロジェ」「ペリエ ジュエ」など数多くのシャンパーニュメゾンが本拠を構えている。また、シャンパーニュ業界を束ねるシャンパーニュワイン委員会(CIVC)やブドウ栽培農家で組織するブドウ栽培醸造業組合(SGV)の本部もエペルネにある。
こと発泡性ワイン、シャンパーニュに関して言えば昔からエペルネが中心だということに異論はない。しかし、ツーリズムの面でみるとランスが文化遺産の質量で圧倒している。例えば、ゴシック建築の傑作「ノートルダム大聖堂」やバシリカ建築の「サン・レミ大修道院」、「トー宮殿」などランスの文化遺産がユネスコに登録されたのは1991年でかなり早かった。一方エペルネのユネスコの世界遺産登録は2015年7月とかなり遅れた。
しかしシャンパーニュ大通りやアイ村、オーヴィレール村などのブドウ園が世界遺産登録されたことでエペルネ周辺地域が俄然注目されるようになった。シャンパーニュの出荷はコロナ禍の影響で、2020年に一旦、2億4000万本まで減ったが2022年に再び3億2500本を超えた。絶好調のシャンパーニュの売れ行きをバネにして、これまでランスに比べるとやや見劣りしていたエペルネを中心とするワインツーリズムを盛り上げようという動きが盛んになっている。
現代アートフェスティバル「ヴィニャール」(VIGN‘ART)
エペルネ市後援の現代アートフェスティバル「ヴィニャール(VIGN‘ART)」もその一つ。「ブドウ園における現代美術とランドアート推進協議会」が主催し、シャンパーニュ専門誌『ビュール&ミレジーム(Bulles & Millésimes)』のジャン・バチスト・デュトゥルトゥル氏が運営している。
シャンパーニュのブドウ園を背景にして、現代アートとランドアートを融合させた催しで、今回で4回目。今年は審査で選ばれた17の作品が5月12日から9月17日までエペルネとその周辺の村で展示されている。写真は、今回展示された主なインスタレーション・アート。
文化芸術のメセナ活動に積極的に取り組むメゾン「ゴッセ」
1584年の創設で、400年以上の歴史を持つメゾン「ゴッセ」はシャンパーニュで最も古いワイン商として知られている。1993年に「ルノー・コワントロー・グループ」が事業を引き継いだ。時代の変化に巧みに適応しながら、シャンパーニュの伝統を受け継ぎ、きわめてクラシックで純粋で味わい深い製品を世界のシャンパーニュ愛好家に提供し続けている。ゴッセは芸術活動の支援に積極的に関わっており、昨年に続き、今年もフェスティバル「ヴィニャール」に参加し、エペルネの広大な自社庭園内の一画に「ル・ルミュアージュ」と題する作品を設置し紹介している。
作品は、英仏デュオのアーティスト、フィオナ・パターソンとジル・ギブソン両氏の初のコラボレーションによるもので、熟成の終わったシャンパーニュボトルの沈殿物を除去する作業(ルミュアージュ)に使用される逆V字型の木の台、「ピュピトル」からインスピレーションを得たもの。
「私たちは幸せを呼ぶ陽気な飲み物、シャンパーニュとお祝いをテーマにした作品を作りたいと思いました。シャンパーニュのように、リズミカルな楽譜のように風景に流れ込むもの。そしてちょっと謎めいた逆V字型の台の穴あき構造のアイデアを取り入れました。ボトルを入れるために穿孔された穴は発泡性のシャンパンの泡そのものを表しています」と説明する。
また、ゴッセのジャン・ピエール・コワントロー社長は「ブドウ畑を背景としたフェスティバル・ヴィニャールへの参加は、ゴッセのテロワールへの愛着と、シャンパーニュ作りの中でブドウ畑が中心的な役割を果たしているという我々の哲学をアピールするものだ」と述べている。
畑に植樹を行い、ブドウ園の再生を目指すメゾン「ルイナール」の活動
メゾン「ルイナール」は1729年創業の世界最古のシャンパーニュメゾンだ。創業者のニコラ・ルイナール氏は「ドン ペリニヨン」と同時代を生き、シャンパーニュ造りの秘密を分かち合ったドン・ルイナール氏の甥に当たる。シャンパーニュをビジネスモデルとして確立した最初の人物、ニコラ・ルイナール氏の先見性は今もルイナールに脈々と受け継がれており、2029年の創立300周年へむけてカウントダウンが始まる中で始まったさまざまな記念事業の中に生かされている。
特に、企業哲学の中心にブドウ栽培とシャンパーニュ生産の永続性を可能にするための環境問題に対する取り組みを掲げており、今回のシャンパーニュ・ランドアート、ヴィニャールの作品でもその点を強くアピールしている。ドイツ出身のランドアートの先駆者、ニルス・ウド氏が制作した「HABITATS(アビタ=生息環境)」と題する作品は、大型のコウノトリの巣の形をしている。素材は、ブドウ園に隣接する松林の再生作業で得た幹や、国立森林局を通じて回収されたオークの幹、剪定で得られたブドウの枝など、すべて周りの環境から借用した身近なもので、組み立てや固定のために金属や化学物質は一切使っていない。
この、ユニークなインスタレーション・アートが置かれているのは、ルイナールが所有する、モンターニュ・ド・ランスのプルミエ・クリュ、テシーの40ヘクタールのブドウ園の中。調和の取れた環境を取り戻す為には、畑の中に多様な生物の生息地を作り出ことが必要で、そのためには貴重な葡萄樹の一部を引き抜いてでも、樹木を植え、生垣と木の茂みを作ることが必要だと考え、2021年からルイナールが一丸となってここで変意欲的なプロジェクトを進めている。
ブジー村のRMシャンパーニュ「エドゥアール・マルタン」
19世紀末からモンターニュ・ド・ランスのブジー村でブドウ栽培を行ってきたシャンパーニュ「エドゥアール・マルタン」は、現在、創設者、エドゥアール・マルタン氏のひ孫にあたるジャン・バティスト・マルタン氏がブドウ園を引き継ぎ、シャンパーニュの生産販売を行っている。エドゥアール・マルタンの特徴は、芸術に情熱を持つジャン・バティスト・マルタン氏が幾つかの画廊とのコラボで自家ブランドの紹介を積極的に推し進めていることだ。
今回、ジャン・バティスト・マルタンは2人の芸術家、ヨアンナ・ヴォイトヴィッチ氏(1997年、ポーランド生まれ、2017年からパリで肖像画家として活動)、マッシミリアーノ・モッキア・ディ・コッジョラ氏(1984年、トリノ生まれ、2007年からパリに在住し、イラストレーターとして活動)をドメーヌに招いた。
ジャン・バティスト・マルタン氏の新しい取り組みは、2020年に調香師トマ・ルコント氏と始めた香水、「クロチルド」の制作だ。シャンパーニュをテーマにした3種類の香があり、それぞれかなり異なる印象を与える。個人的には「1920年代を彷彿とさせる、エキゾチックでオリエンタルな香り」と説明のある「クロチルドC」が印象に残った。
ところで、ヨーロッパを訪れた人がまず感じるのは、湿気がなく、蚊に悩まされることもない夏の外の活動の心地よさだ。フランスの夏も例外ではなく、シャンパーニュを味わうのはことのほかよい季節といえる。エドゥアール・マルタンが7月にメディア関係者を招き、緑あふれる庭で開いた昼食会もフランスらしいフランクで心温まるものだった。
用意されたシャンパーニュは エドゥアール・マルタンを代表する三つのキュヴェ『ブリュット・トラディション』『フォンダトゥール』『ブリュット・ロゼ」。
「フォンダトゥール」は良い年にだけ作るプレステージキュヴェで、新鮮で力のある素晴らしいものだった。もう一つ印象に残ったのは、先代のギー・マルタン氏が醸造した、非発泡性ワイン『コトー・シャンプノワ・ロゼ 1980年』だ。既に40年以上経過し、ピークは過ぎているが、香は張りつめていて、ブルゴーニュのグラン・クリュのピノ・ノワールにも劣らない力強さがあった。