シャンパーニュの名門「メゾン マム」は、1827年にドイツのワイン商マム家によって設立された。フラッグシップは『グラン コルドン』、主要品種はピノ・ノワールである。76年に誕生したそのシャンパーニュは、レジオン・ドヌール勲章をモチーフにした赤いリボンをまとい、『コルドン ルージュ』の名前で一世を風靡した。2017年に、世界的デザイナーのロス・ラブグローブ氏が手掛けた斬新なデザインが採用され、ネーミングもグラン コルドンに変わった。視覚&触覚で楽しめるボトルになり、メゾンに新たな歴史が刻まれた。
見て触るテイスティング
メゾン マムにとっての新風は、2024年4月に最高醸造責任者に就任したヤン・ムニエ氏である。ムニエ氏は同年11月に初来日し、メゾンを象徴する『グラン コルドン』とピノ・ノワールをテーマに、“見て触る”新感覚のテイスティング手法を披露した。従来とは異なるアプローチで、シャンパーニュに内在するエレメントを“探求する旅=オデッセイ”である。

最高醸造責任者のヤン・ムニエ氏。ムニエ氏はシャンパーニュ地方ヴィトリー・ル・フランソワ生まれ。ブドウ生産とワイン造りを生業とする家族の3代目。農業や醸造学を修得し、大手協同組合に入社。その後、老舗シャンパーニュメゾンで数年のキャリアを積んで、17年最高醸造責任者として同組合に復帰。20年近いキャリアが認められ、メゾン マムの最高醸造責任者に就任し、現在に至る
メゾン マムは218へクタールの自社畑を所有。うち160へクタールはモンターニュ・ド・ランス地区のヴェルジー村をはじめとするグラン・クリュである。グラン コルドンの核となるピノ・ノワールが全体の78パーセントを占めているが、シャルドネに関しては、コート・デ・ブラン地区のグラン・クリュ、クラマン村とアヴィズ村に畑を所有し、上質なブドウを産出している。
ムニエ氏にとっての初収穫24年の作柄については「霜による芽のダメージや長雨によるベト病被害で試練の多い年だったが、8月中旬に太陽が戻り、空気も乾燥してきたので、最終的にブドウは十分に熟した。収量は少ないが、品質は素晴らしい」と解説。
イベントの第一部はグラスに注がれたグラン コルドンを手に、テイスティング用に開発されたオブジェを使っての試飲。この発案者は宇宙応用物体の設計を司るスペードエージェンシーの創設者オクターヴ・ド・ゴール氏と、パスツール研究所の研究員で神経科学者のガブリエル・レプゼ氏である。

メタルとレザー
まず、シャンパーニュを味わった後、グラスを持つ手と逆の手の親指と人差し指でオブジェのメタル部分に触れながら再度テイスティング。
「ひんやりとして角張った素材から受ける口中での印象はフレッシュさとミネラル感、特に余韻にそれが影響している。また、レザーは色がダークで肉厚なので、シャンパーニュの豊かさや口当たりのまろやかさに影響を与える」とムニエ氏。
続けて「このテイスティングによって、フレッシュさとまろやかさの二面性が理解できる。それはピノ・ノワールにもあり、メゾンがこだわるブレンドにもある。この経験を踏まえ、夏は新鮮さ、秋や冬はまろやかさを意識しながらワインを楽しむことができる」と強調した。

次は、透明な球形ガラスとテラコッタのオブジェを、グラン コルドンとグラン コルドン ロゼで体験。シャンパーニュを味わってから、どちらのオブジェに印象が近いかを考えるのだが、口中で泡が通り過ぎた後の、スティルワインとしての味わいに注目しなければならない。
球形はツルツルで透明、滑らかでやさしく、思っていたよりも軽い=口中での柔らかさ、バランス、立体感に繫がる。テラコッタは溝があり、手触りもガラスとは真逆でザラザラ。口中(舌)で感じるピノ・ノワール由来の少量のタンニン(収斂味)は、テラコッタに触れた瞬間の感覚と同じだ。これらのオブジェはグラン コルドンやロゼのストラクチャーを再認識するのに役立った。
ムニエ氏の「従来のテイスティングのように、難しいテクニカル要素を用いることなく、ピノ・ノワールが持つフレッシュさ、ボリューム感、ストラクチャー等を感じられたはず」とのコメントを聞いた後、すべての要素が盛り込まれた、木の上の奇妙な形のオブジェを触感。見た目ほど固くはないが、素材にはストラクチャーがあり、触れた瞬間、心地よさと重量感が伝わってきた。
脳は味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚の五感によって引き起こされる複数の信号を受け取る。なかでも、重要なのが視覚と触覚である。これらから発信される信号が味覚に刺激を与え、ワインの印象を決める。従来と異なる信号が届くと、無意識の部分が刺激され、テイスティング体験がより自発的になるというのが、今回のテイスティングのポイントなのだと思うが、グラン コルドンはフレッシュさやストラクチャー、ロゼはそれらに加えて、アロマの豊かさや味わい深さ、コクを今までより得られた気分だ。
ステラで開催されたスペシャルディナー
第二部では、青山「ステラ ワークス レストラン&バー」の入江誠シェフのお料理と、RSRVのラインナップを含むマムシャンパーニュ各種との一夜限りのスペシャルディナーを楽しんだ。

ブルーチーズのクリームを添えてアクセントを持たせ、仕上げにドライベルガモットの香りをまとわせた「柿とホタテ貝のカルパッチョ」と『グラン コルドン』の組み合わせは、ピノ・ノワールの肉厚感とスパイシーな風味が料理を引き立て好印象

『RSRV 4.5』
RSRVは家族や大事な友人やシェフたちのためにリザーヴしておく希少シャンパーニュで、グラン・クリュのブドウだけを使ったテロワール重視のアイテム。RSRV 4.5のベースヴィンテージは2014年、ブドウ品種はピノ・ノワール60%、シャルドネ40%。リザーヴワイン20%、ドザージュは6g/L。柑橘系果実、アカシアやバターヌガーのニュアンス。RSRVのNVは1900年代から生産しているが、2017年からボトルデザインを変えてリリースしたのがRSRV4.5であり、「4」は4年間の熟成期間、「5」はグラン・クリュの区画数を表記。ピノ・ノワールはヴェルズネイ、アイ、ブージー、シャルドネはクラマンとアヴィズ各村のブドウを使用している

『RSRV ブラン・ド・ブラン 2015年』
初めてブラン・ド・ブランを生産したのは1892年で、区画はクラマン村。2015年は白亜質土壌由来のミネラルが際立つ、凜としたスタイル。酸のアタックを考慮し、ガス圧を少し抑えた4.5気圧のドゥミ・ムース。ちなみにRSRVのブラン・ド・ノワールが造られたのは1838年、区画はヴェルズネイ村だった

メイン料理は山形牛の炭火焼きを秋の風味満載のポルチーニソースで仕上げた一品。メゾンの発展に貢献し、レオナール・フジタのパトロンだったルネ・ラルーの名を冠した『RSRV ルネ ラルー 1999年』。12のグラン・クリュの中から優れた区画のブドウだけを使用。ブレンド比率はピノ・ノワールとシャルドネ各50%。10年以上の熟成を経た秀逸な収穫年の大容量ボトルは、フレッシュ感を備えながら、エレガントでデリケート。ドライフルーツや焙煎風味の熟成感が炭火焼きのローストと寄り添うマリアージュだった

『マム アイス エクストラ』
デザートは黄ゆずのフレ-バーを付けた自家製フロマージュブランのアイスクリーム。マム アイス エクストラは、熟したトロピカルフルーツ、エキゾチックフルーツ、ハチミツやアメリカンオーク由来のヴァニラ、ほんのりスパイス。和柑橘の酸味とヴァニラの要素が、甘口(ドザージュ35g)シャンパーニュとバランスよく調和。夏にはロックアイスを入れて飲むのがお勧め!
テイスティング エンカウンター オデッセイを考案した前述のオクターヴ・ド・ゴール氏とガブリエル・レプゼ氏は、メゾン マムが2020年から取り組んできた壮大なプロジェクト、宇宙で味わうシャンパーニュの開発を成功に導いた立役者である。シャンパーニュのネーミングは『グランコルドン “ステラ”』だが、お披露目会場も同名の“ステラ”だった。
text & photographs by Fumiko AOKI
【問い合わせ先】 ペルノ・リカール・ジャパン株式会社 TEL.03-5802-2671